院長のつぶやき
2006.08.24 痛みとは何か?(その1)
痛みについて、何回か連載させていただく予定ですが、初回ですので、まず痛みとは何か?というテーマを中心に話をすすめたいと思います。
国際疼痛学会によると「痛み」とは、「不快な感覚」や「不快な情動」を伴う体験であり、それには組織損傷を実際に伴うものと、組織損傷を引き起こす可能性のあるもの、また、そのような損傷があるように表現されるものがある、 と定義されています。
なんとも曖昧でわかりにくい定義ですが、このことひとつとっても、いかに「痛み」という概念がとらえがたいものであるかが、お分かりになると思います。
孫子の兵法に「彼(敵)を知りて己を知れば、百戦してあやうからず」という言葉がありますが、敵である「痛み」というものが、残念ながらまだ医学的に完全に解明されているわけではありませんし、医師自身も己を知っているわけでもありませんので、痛みに対しては、残念ながら、百戦百勝というわけにはまいりません。
アメリカの議会は新世紀の始まる2001年からの10年間を「痛みのコントロールと、研究の10年」であるとの宣言を採択し、時の大統領であったクリントン氏が署名しました。
つまり、「痛み」の診療、研究を発展させようという、メディカルサイエンス振興政策です。
その背景には、アメリカにおいて「痛み」による労働生産力の損失が年額650億ドル(約8兆円)に上ると推計されていることがあります。
治療費その他の社会的費用を計上すると、さらに莫大な金額になるといわれております。
日本と比較して、「痛み」にたいする考え方がはるかに進んでいるアメリカでさえ、このように「痛み」の診療、研究、教育が不十分であると考えられているということになります。
このように、「痛み」は、個人の苦悩としてだけでなく、社会の問題として捉えるべき時代が来ていると言えると思います。
2006.09.19 痛みとは何か?(その2)
今回も、痛みとは何かの続きを述べてまいります。
1)痛みはその原因によって大きく分けて以下の三つに分類されています。
侵害受容性疼痛:痛みは普通、末梢神経⇒脊髄⇒視床下部⇒大脳と伝わり痛みとして認識されますが、外傷などで末梢神経の受容体が刺激されて起こる痛みのことです。
急性の痛みの大半はここに含まれます。原因を治療することで痛みは消失するのが普通です。
2)神経因性疼痛:末梢神経受容体より上部の神経(脊髄など)そのものの侵害により起こる疼痛です。椎間板ヘルニアでの腰、足の痛みとか、三叉神経痛などが含まれます。腕を切断したあと、ないはずの親指が痛いとかいう痛みです。
ただし、どうしてそれらの痛みが起こるのかについてはまだ、くわしく解明されているわけではありません。
3)心因性疼痛:神経伝達の経路に器質的な異常がない、つまり体に異常がなく、心理的なものが要因であるとされる痛みです。
ただし、安易に心因性であるとするのは、厳に慎むべきだと考えられます。
ストレスなどで、胃潰瘍ができておなかが痛い、肩こりが強くなって頭痛がするなどの痛みは、心理的な要因で自律神経などの異常を生じて病気をおこして痛みが起こっているわけですのでここには含まれません。
本当に心の問題だけで疼痛が起こり得るのかについては、多少疑問もあります。
痛みの分類について書いてまいりましたが、読者の皆様にとってあまり興味もない事項であろうと思いますし、どこに分類されようと、痛いのは変わりがないわけで、分類されて本人の苦痛が解決されるわけでもありません。
また、身体的、肉体的な苦痛だけでなく、精神的苦痛(不安、いらだちなど)、社会的苦痛(仕事上、人間関係上、の問題)、実存的苦痛(人生の苦難、死への恐怖などの問題)など人間にはいろんな苦痛があり、緩和医療ではそういう面での支援も重要な事項となります。
痛みの本質を知ることは、痛みの治療にとっては重要なことであり、原因に沿った治療が重要であることは言うまでもありませんが、痛みだけを切って取るというわけもいかず、痛みに対して、多様なアプローチが必要となります。
2006.10.23 ペインクリニックの役割
疼痛の治療でのペインクリニックの役割を述べてまいります。
疼痛の治療には、いろいろな方法があります。
まず、外科系の役割は、痛みの原因を手術で取り除くことにあります。
内科系では痛みおよびその原因をお薬で治療すると言ってよいと思います。
では、ペインクリニックでは何を行うのかですが、神経ブロックを主体とした痛みの治療を行うと考えていただいてよいと思います。
神経ブロックは怖いとか、体がぼろぼろになるとか、考えておられる方がおいででしょうが、現在の医療事情でそのような危険なことが許されるはずありません。
どんな医療行為でも合併症があるように、神経ブロックにも合併症はあると考えられますが、充分なトレーニングをうけている医師が行いますので、その頻度はきわめて低いと考えていただいて結構ですし、万が一合併症を生じても万全の対応ができる医師しか行わない手技です。
神経ブロックは、単なる対症療法で、原因を取り除くわけではないと考えておられる方が多く、医師の中にもそういう誤解をされている方がございますが、慢性疼痛の多くが、原因が特定できない場合が多く、痛みそのものが問題となっている場合がほとんどで、手術の適応とならない、手術ができない場合が多いのが現状です。
また、神経ブロックは、知覚神経をブロックすることにより、痛みを取り、運動神経をブロックすることにより、筋の緊張を取り、交感神経をブロックすることにより、血管を拡張させ、血流を改善させることにより、疼痛物質を洗い流し、人間の自然の回復力を高めることにより痛みをとるとわれわれは考えておりますので決して、単なる対症療法ではありません。
自然の回復力を高めるという観点から、ペインクリニックでは、東洋医学的な手法を取り入れているところが多く、鍼(低周波鍼)、漢方薬の利用で効果をあげています。
また、近赤外線などの照射、干渉波などの理学療法を組み合わせて、疼痛の緩和を図っております。
2006.11.18 頭痛(その1)
前回まで、痛みについて全般的なご説明でしたが、個々の部位の痛みについてご説明を始めたいと思います。
まず、今回は、頭痛についてご解説いたします。
頭痛は経験したことがないという人が珍しいくらいポピュラーな痛みですが、頭痛の中には、ほって置くと危険なものがあります。
症状によってある程度ご自分で判断できますので、医療機関に相談したほうがよいような症状をご説明します。
次のような、いつもと違う頭痛だな、と思ったら要注意です。
1)いきなり頭痛が起こって、頭全体が割れるようにいたい、実際にハンマーで殴られた経験がある人などいないと思いますが、突然、ハンマーで殴られたような衝撃(必ずしも痛みを感じない場合もあるようです)がある場合、くも膜下出血が疑われますので、直ちに脳外科へ受診が必要です。
2)4~5日の経過で頭痛が増強し、吐き気、発熱をともない、いつもの風邪のときの頭痛と違うと感じた場合、髄膜炎の可能性があります、入院施設がある神経内科への受診をお勧めいたします。
3)2~3ヶ月の経過で頭痛が増強、つまりだんだん強くなってきて、吐き気も伴うというような場合、脳腫瘍が疑われます。脳外科、神経内科への受診が必要です。
4)眼科疾患、耳鼻科疾患(鼻、耳、副鼻腔、)歯科疾患(歯、歯茎)など頭頸部の疾患が原因の場合もあります、いつもと違うと思った場合は病院で診てもらってください。
このように、危険な頭痛は、「いつもと違う」というのがキーワードだと思ってください。
それ以外のいわゆる「頭痛持ち」と言われる頭痛は、慢性頭痛と呼ばれており、原因、症状によりいくつかに分類されています。
基本的には、いろんな画像診断でも、異常がない場合がほとんどです。
日本人の3割が慢性頭痛であると言われていまして、欧米人より頻度が高いようですが、理由は判っていません。
慢性頭痛は、市販の鎮痛剤で改善することが多く、本人も病気であるとの自覚が少ないようですが、快適な日常生活を送るためにも一度、病院にご相談なさることを、お勧めいたします。
次回は、この慢性頭痛について詳しくご説明いたします。
2006.12.19 頭痛(その2)
今回は、頭痛の2回目として、慢性頭痛のご説明を致します。
慢性頭痛は、「緊張性頭痛」「片頭痛」の2つがほとんどですが、そのいくつかがあわさった混合性頭痛、頭痛で鎮痛剤を飲みすぎることによって起こる薬剤乱用性頭痛、などがあります。
男性では群発頭痛の方もたまにおられます。
診断は問診、つまり頭痛の性質についての質問でなされます。
具体的には、頭痛が起きたのはいつごろからか(発症年齢)、起こる頻度(月に何回起こるのか)、持続時間(どれくらい続くのか)、痛みの程度、性状、部位、他の症状(吐き気等)の有無、ストレスはどうか、頭痛がひどくなる誘因はないか、などが重要ですので、医療機関を受診される前にまとめておかれると良いと思います。
「緊張性(筋緊張性)頭痛」は、肩、首、後頭部の筋肉の緊張、つまり収縮により頭痛が引き起こされます。筋収縮により血管も収縮し血流が悪くなり、発痛物質が筋に貯留します。
痛みが起こると更に筋血管の収縮が起こり悪循環となり、神経を刺激して頭痛が起こるとされています。
パソコン、運転などで長時間の同じ姿勢、首が細くて筋肉への負担が大きい人などで起こりやすいでしょう。
精神的ストレスでも筋緊張は引き起こされ、几帳面でまじめな人ほど起こしやすいといえるでしょう。
噛み合せの異常など、あごの機能異常も原因となりますし、めがねが合わないなども原因となり、目の疲れ、めまいなどを伴うことも少なくありません。
頭痛の持続時間は様々ですが、5日以上と比較的長く持続する方が多いようです。
痛みの程度としては、中程度で日常生活に支障はあっても寝込むほどの方はまれで、吐き気も比較的少なく、ズキンズキンという拍動性の痛みではなく、全体的に締め付けられる、重い、と表現される方が多いようです。
熱いお湯に入ることで頭痛が改善する場合は、緊張性頭痛であることが多く、逆に痛みが強くなる場合は、後で述べますが、片頭痛の場合が多いようです。
治療は、内服薬主体となりますが、消炎鎮痛剤(いわゆる痛み止め)、安定剤、筋弛緩薬などを組み合わせて治療いたします。低周波鍼、干渉波治療などの理学療法も有効です。
次回は「頭痛その3」として片頭痛について解説いたします。
2007.01.19 頭痛(その3)
今回は片頭痛について解説いたします。片頭痛は、女性、それも15才~40才の女性に多いという特徴があります。
頭痛のある時期が生理周期と重なるという方が多いようです。
これは片頭痛が女性ホルモンとの関わりが大きいことを示しています。
頭痛が起こる予兆(前触れ)がある方も多く、肩がこる、だるい、生あくびが出る、イライラする、お腹が空く、甘いものが欲しくなる、足がむくんでくる、などの予兆のあとに頭痛が来ることが多いようです。
チョコレート、チーズ、アルコール、などの食べ物によっても頭痛を引き起こす場合もあります。
頭痛がおこる直前(0.5時間~2時間前)にキラキラする歯車のような光が見え(閃輝暗点)、視野が狭くなるという前兆がある方もおられます。芥川龍之介の「歯車」という作品のなかで表現されているのが有名です。
頭痛の程度としてはかなり強く、ズキンズキンと表現される拍動性の痛みであることが多く、吐き気や嘔吐を伴い、立つなどの日常の動作で痛みが増強する、音、光、匂いで増強する、などの特徴があり、日常生活に支障を来たし、寝込む方も多いようです。
頻度としては、月に2~3回程度起こり、半日から3日程度持続します。
片頭痛といっても、片側だけの頭痛とは限りませんし、強い片頭痛がある方の悩みは深刻です。
治療は、薬剤の内服が主となります。
トリプタン製剤という片頭痛の特効薬が何種類か出ていますが、痛くなり始めに内服することが必要ですし、薬剤の種類によっては効果が弱いという方もいらっしゃいます。
吐き気がつよく、飲めないという場合も、点鼻薬、口腔内崩壊錠などもあります。
ほとんどの方が市販の鎮痛薬の内服で痛みをコントロールされておられるようですが、充分な鎮痛が得られない、飲む量、回数が増加してきている、という方は一度、病院を受診してご相談なさってください。
痛くなるのが怖くて、鎮痛剤を多用しているかたがおられますが、月に10回以上内服しているかたは、薬剤乱用性の頭痛となっている可能性があり要注意です。
予防薬として、カルシウム拮抗薬、漢方薬などがあり、鎮痛剤の内服の回数を減らすことができます。
2007.02.21 顔面痛
前回まで、頭痛についての話でしたが、今回は顔面の疼痛のご説明を致します。
顔面の疼痛で有名なのは、三叉神経痛です。
顔面神経痛というのは聞いたことあるけど、三叉神経痛というのは聞いたことないという方が多いかと思いますが、実は顔面神経痛というのは医学的には存在しません。顔面神経は純粋な運動神経で、顔面神経麻痺(顔が動かない)とか顔面神経痙攣(顔が自分の意思と関係なくヒクつく)はあっても感覚神経としての顔面神経痛というのは有り得ないことになります。
顔面痛など、顔面の感覚をつかさどるのは三叉神経で、大きく3本の枝に分かれており、みつまたになっているので、三叉神経と呼ばれています。
第1枝は上はひたいの生え際あたりから、上まぶたまで、第2枝が下まぶたから上くちびるまで、第3枝が下くちびるから下顎の辺りまでに分布しています。
鼻腔内、口腔内、歯茎なども三叉神経の枝の支配です。
さて三叉神経痛は顔面の左右どちらか片方に激烈な疼痛を生じます。
人間の痛みの中で3大疼痛のひとつと言われるほどの、耐え難い痛みが発作的に突然1~2秒間から5秒間ほど続き、それが頻繁に繰り返し起こります。
洗顔、歯磨き、食事、会話などが引き金となって痛みが起こるため、そういう動作を怖がるようになります。
麻酔なしで歯を抜かれるような激痛が繰り返し起こり、しかも外見上なんの異常もないのですから、患者さんの肉体的、精神的苦痛は量り知れません。
「痛みは孤独である」と言われます。
悲しみとか嬉しさは家族などとわかち合うことはできますが、痛みは人とわかち合えないことからそう言われていますが、三叉神経痛の患者さんを診ていますと、医療者といえども患者さんの痛みを充分にはわかってあげられないという思いを持つことがあり、この言葉の意味が身に沁みます。
治療は薬物療法として抗痙攣薬が比較的効果がありますが、副作用で内服が継続できない方は、三叉神経減圧術、ガンマナイフ などの手術療法 および神経ブロックなどの治療法があります。
三叉神経痛に似た非定型的顔面痛に対してはまだ特効的な治療法がないのが現状です。
2007.03.19 顔面神経麻痺
前回、顔面の疼痛をきたす三叉神経痛についてお話をいたしましたが、今回は顔面神経痛について述べてまいります。
顔の表情を作る筋肉をつかさどる神経が顔面神経で、その麻痺が顔面神経麻痺です。
通常、左右どちらか片側が侵される場合が多く、程度の差はありますが、額のしわがよらなくなる、目が閉まらなくなる、鼻にしわがよらなくなる、唇が閉まらなくなって飲み物が口からこぼれる、などの症状が出ます。
また味覚がなくなったり、唾液の分泌に障害が出たりもします。
脳梗塞、脳腫瘍など脳の異状によって起こるものを中枢性顔面神経麻痺、脳からでた顔面神経の障害によって起こるものを末梢性顔面神経麻痺と呼びます。
症状の差としては、中枢性の場合は、額のしわ寄せにはあまり問題がないことが多く、他の部位の麻痺などの症状を伴うことがほとんどです。
中枢性の場合、脳外科か、神経内科、末梢性の場合は、耳鼻科へすみやかに受診してください。
末梢性の場合、外傷などで起こることもありますが、原因がはっきりしないことが多く、ベル麻痺と呼ばれているものが70%を占めており、単純ヘルペスが原因とも言われていますが、単なる寒冷刺激(エアコンの風が片側の顔面に直接、長時間あたったなど。)で発症する場合もあり、原因はまだ特定されていません。
麻痺と同側の難聴をともなう場合もあり、ハント症候群と呼ばれますが、末梢性の10%程度で、ヘルペスウイルスが原因とされています。
末梢性の場合、治療はステロイドの大量投与が主流となっていますが、ペインクリニック領域では、顔面神経への血流を改善させ、治癒を促進させる目的で、星状神経節ブロックを併用することにより好成績をあげています。
手術療法として顔面神経減荷術といって、顔面神経を包んでいる神経鞘を切開する方法もあります。
いずれにしても、神経の回復が期待できるのは1ヶ月以内の早期ですので早めの治療が必要となります。
2007.04.21 胸痛
胸部の痛みは、原因別に大きく分けて、心血管、肺、胸郭・(肋骨、胸壁、胸椎)の3つに分けられます。
まず、心臓の痛みは、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患が主です。
心臓へ血液を送る血管(冠動脈)の動脈硬化が原因で血管が狭くなり、心臓の筋肉つまり心筋への血液の供給が足りなくなって起こります。
血液の供給不足が一過性で、心筋に対して後に残るようなダメージを与えないものを、狭心症といい、逆に心筋の一部分が血液の供給不足で壊死を起こして後に障害が残るような状態が心筋梗塞です。
いずれも突然起こり、違いは、痛みの持続時間で、狭心症の場合多くは2~3分以内で、長くても15分以内ですが、心筋梗塞の場合は30分以上持続します。
痛みは激烈で、胸部だけでなく肩、首、腕などに放散痛がある場合もあります。いずれにしろ適切な治療を行うことが重要で、放っておくと命にかかわります。
心臓を包んでいる心膜の炎症で長時間の疼痛が持続する場合もありますが心筋梗塞のような激烈な、命の不安を起こすような痛みではなく、発症も突然ではなくじわじわと強くなるという傾向があります。
心臓から出てきている胸部大動脈解離という病気では強い胸背部の疼痛があり、血圧の低下などショック症状を呈します。
次に、肺が原因の場合ですが、これは比較的少なく、肺塞栓の一部、気胸などが挙げられます。
誤解している方が多いですが、肺癌の場合、転移などによる以外、痛みがあるのは比較的少ないと考えて結構です。
胸郭の場合原因は様々で、圧迫骨折、ヘルニアなど胸椎の障害、胸膜炎などの胸膜の問題、肋間神経痛、帯状疱疹、肋骨骨折、肋軟骨脱臼、など肋骨、肋間神経などの障害がある場合が考えられます。
上記以外に、腹部の疾患が胸痛をきたすこともあります、胆石、胆のう炎、膵炎による胸部への放散痛、胃炎、食堂炎による胸部の重苦しい感じ、など、おなかの病気が原因の場合もありますが、当然腹部の症状も伴うのがほとんどです。
2007.05.19 肩こり
肩こりは、日本人の国民病と言われるほど、日本人にとってなじみ深い疾患です。また、緊張性頭痛の原因としても重要であると言えると思います。
特に中高年の女性に多く、母の日は過ぎましたが、子供のころ自分の母親の肩をたたいたり、もんだりしたことのない人はいないのではないでしょうか。
わたくしも、小さいころ、子供心に、大人はどうして肩がこるのか、不思議に思ったものです。
肩こりの原因のほとんどが、筋肉の血流不良だと言われています。
デスクワーク、パソコン、勉強、読書、自動車の運転などで長時間同じ姿勢を続ける、あるいは家事などで同じ動作を繰り返す、また、ストレスなどで筋肉の緊張状態が続くことにより、僧帽筋などの肩の回りの筋肉が収縮することによって、その部位の血管が収縮し、血流が滞り、低酸素におちいり、乳酸などが産生され局所が酸性に偏ってきて、発痛物質が蓄積し、痛みやこりという症状がでます。
また、発痛物質が貯留することによって更に血管が収縮するといった悪循環を呈します。
なぜ、全身のなかで、肩だけがこりやすいかというと、頭を支えるのに常に緊張を強いられるのが肩、首筋の筋肉であるからだろうと言われています。
他に、病気のある一症状として肩こりが現れる場合もあります、例えば、眼精疲労、咬合不正、副鼻腔炎、更年期障害、自律神経失調症、不眠、頚椎症などが上げられます。
このように原因が他にある場合でも肩こりの起こるメカニズムは同じであると考えられています。
対策としては、体操、運動、ストレッチなどが有効です、他に、お風呂、姿勢(猫背にならないようにする)、ストレス解消を心がけるなども重要です。
運動は適度に継続的に行う必要があり、時折、しかも、激しい運動を行うのは、逆効果となりかねません。
ペインクリニックでの治療としては、原因疾患の有無の確認、漢方薬を含めた内服薬、低周波鍼(ハリ)、干渉波、トリガーポイントブロックなどの神経ブロック、など多様なアプローチで治療が行われます。
2007.06.19 腰痛について(その1)
腰痛でお悩みの方は多いと思います。一生涯では80%以上の方が、何らかの腰痛を体験すると言われていまして、そのうち医療機関にかかったことがあるかたは30%近くになるようです。
腰痛の原因は腰に原因がある場合と、内臓に原因がある場合に大きく分けられます。
また、近年、その両方に問題がなくて、ストレスが原因の腰痛がかなり多いのではないかと言われ始めています。
内臓に原因がある場合は頻度としては比較的少ないと言えますが、腰痛の治療を行う場合内臓疾患の除外をきちんと行うことが重要です。
腰痛を伴う内臓疾患としては、尿管結石、腎結石などの尿路系結石、膵臓、胃腸、肝臓の疾患、子宮筋腫、月経困難などの婦人科の疾患、腹部大動脈瘤、肺梗塞などの血管の問題、癌の腰椎転移、などが代表的でしょう。それぞれ、腰痛以外に、その疾患特有の症状がありますので、鑑別するのは比較的容易な場合がほとんどです。
当然ですが、原因疾患の治療が優先されますし、原因疾患が治癒すると、腰痛も消失する場合がほとんどです。
腰に原因がある場合も、いくつかに分けられます。腰椎、仙骨、骨盤などの腰の近辺の骨、骨膜、及び、その骨同士の関節、骨同士につながる、筋肉、筋膜、椎間板などすべての構造物が原因となり得ます。
また、その周辺の感染症でも腰痛がでます、化膿性脊椎炎、結核性脊椎炎(脊椎カリエス)などです。
やっかいなことに、腰椎に囲まれて、脊髄神経が通っていますので、その周辺の構造物による脊髄神経の圧迫などで、痛み、痺れ、筋力低下などが現れます。
腰痛は、保存療法といいますが、鎮痛剤内服、コルセットなどによる安静保護、牽引などの理学療法が主な治療ですが、前に書きました痺れ、筋力低下がある場合手術が必要となる場合があります、特に、膀胱直腸障害といって、大小便が出にくくなった場合は急いで手術が必要な場合が多いですのでお気をつけください。
今回は腰痛全般についてご説明いたしました。次回はそれぞれの疾患についてご説明する予定です。
2007.07.20 腰痛について(その2)
今回はいろいろな腰痛の分類のそれぞれをご説明します。
まずは、ぎっくり腰から。
ぎっくり腰とは、重いものを持ち上げようとした時などに、突然おこる、電撃がきたような、強い腰痛のことです。
西洋では「魔女の一撃」などと呼ばれているそうです。
アイタタタッとそのまま動けなくなってしまい、少しでも動くと強い痛みが再び起こるといった症状で、ご自分で経験なさった方も、人がそういう状態になったのを見たことがある方も多いと思います。
原因は、腰椎の周囲の構成物、筋肉、筋膜、椎間関節、椎間板、椎骨などすべてを考えなくてはなりませんが、筋肉、筋膜が原因となることが多いようです。
腰の関節の捻挫と考えるとわかりやすいかもしれません。
治療は原則的には保存療法です。保存療法とは、手術とかではなく、安静、鎮痛剤内服、神経ブロック療法などで保存的に治療を行うという意味です。
最初の2~3日の急性期はとにかく安静第一です、痛みがでないような姿勢で安静にします。
急性期は炎症が強い場合があり、風呂にはいって暖めたり、マッサージをしたりするのは、症状を悪化させる可能性があります。
どちらかというと、冷やすほうが症状を抑えることが多いようです。
病院では、消炎鎮痛剤を内服していただいたり、そういう薬剤が含まれるシップを処方したり致します。
痛みが強く、我慢できないような場合には、ペインクリニックでは、硬膜外ブロックとか、椎間関節ブロック、トリガーポイントブロックなどを組み合わせて疼痛の緩和を図ります。
急性期を過ぎたら、暖めたり、マッサージを行って血行改善することによって痛みも和らぎますが、無理は禁物です、しばらくは、コルセットをしたりして、腰に無理な力が加わらないようにします。ただし、痛くない範囲で体を動かすのは重要で、治りも早くなると考えられています。
腰痛体操などは痛みがなくなってからのほうが無難でしょう。
繰り返して起こすと慢性的な腰痛になってしまうこともありますので充分注意が必要です。
2007.08.21 腰痛について(その3)
今回は腰痛の原因として比較的多い、腰椎椎間板ヘルニアについてです。
腰痛の原因として、腰椎の周辺の構造物がすべて考えられると、前回、申し上げました。
腰椎と腰椎の間には椎間板というクッションの役割を果たすものがあります。
腰椎の椎体の形に合わせた、丸い座布団のようなものをご想像ください。
構造的には、よく、あんパンにたとえられます。
つまり、無理な姿勢などで、椎間板に無理な力がかかると、あんパンがつぶれて変形したり、中のあんこが飛び出したりするような状態になるといわれています。
しかし、無理して重いものを持ち上げるなどの動作および姿勢が直接的な原因となるのかどうかについては、現在否定的になってきています。
原因は判然としませんが、椎間板の老化、変性が起こり、変形してくるということになります。
何らかの原因でとびだした、椎間板が脊髄神経を圧迫して、腰痛、坐骨神経痛、足のしびれ、冷感などの感覚異常、筋力低下などの症状が出ます。
ただし、40歳以上の方のMRI検査を行うと3~4割の人にヘルニアなどによる脊髄神経の圧迫所見が発見されます。
同じようにヘルニアがでていてもまったく疼痛がない人と、手術が必要なほどの症状がある人がいることになります。
しかも、画像だけでは、症状のあるなしは判断できず、なんだか、わけがわからないというのが正直な話です。
ただ、脊柱管といって、腰椎の脊髄が通っている管の部分が狭い人は、その分圧迫による症状がでやすい、また家庭、仕事上などでストレスを多く感じている人にも症状が出やすい、ということは明らかとなってきています。
治療はというと、とびだしたヘルニアは4~5ヶ月で吸収されることが多いので、保存療法が第一選択となります。
安静にして、鎮痛剤、筋肉の緊張をとる薬、漢方薬などの内服、急性期以降の牽引、干渉波、低周波鍼などの理学療法、疼痛が強い人のための、神経ブロックなどが行われます。
馬尾障害といって、排尿障害、排便障害があるような場合は手術を早期に行う必要があります。また、筋力低下、知覚神経障害などの神経症状が強いばあいも手術が必要となります。
2007.09.21 肩こり
肩こりは、かつて、日本人の国民病と言われていたほどで、特に女性の方は、肩こりに悩んでいる方が多いようです。
通常は、肩こりの原因は筋肉の血流不良がほとんどです。
デスクワーク、パソコン、自動車の運転などで長時間同じ姿勢を続けると、筋肉の緊張状態が持続しますし、仕事のストレスなどで交感神経の緊張状態が続くことにより、血管の収縮が持続し、血流が滞り、発痛物質(乳酸、ブラディキニン、セロトニンなど)が局所に蓄積し、痛みや、こり、といった症状がでます。
また、発痛物質が貯留することによって更に血管が収縮し、さらに痛みが増強するといった悪循環を呈します。
したがって、筋肉の緊張をほぐし、血流を改善させることで症状はかなり改善します。
体操、ストレッチ、軽い運動をするなどでかなり筋緊張は取れますし、血流の改善も期待できます。
また、ぬるめのお風呂に入ることにより、交感神経の緊張もとれますし、血管も拡張するので効果的です。
予防としては、ストレス状態を長く続けない(効果的に休憩する)、姿勢に気をつける(猫背になっていると、頭の重さを支えるのに、首、肩の筋肉に持続的に負担をかけます)などに気をつけるとよいでしょう。
他に、病気のある一症状として肩こりが現れる場合もあります。
眼精疲労、咬合不正、副鼻腔炎、更年期障害、自律神経失調症、不眠、頚椎症などが上げられます。
当然いうまでもなく、原因となる病気の治療が優先されます。
病院での治療としては、原因疾患の有無の確認、筋肉の緊張をとるお薬、漢方薬(葛根湯など)、低周波鍼(ハリ)、干渉波、神経ブロック(星状神経節ブロック、頚部硬膜外ブロック)など症状に応じた、多様なアプローチで治療します。
規則正しい生活習慣、適度な運動、バランスの取れた食事、ストレスを蓄積しない、などは肩こりに限らず、健康のための基本的なことですので、気をつけておきたいものです。
2007.10.20 星状神経節ブロック
ペインクリニックで行う神経ブロックの種類は何十種類にも及びますが、星状神経節ブロックは、その中でも比較的に頻繁に行われるブロックの一つです。
神経ブロックを分類すると、まずブロックする神経の種類により、知覚神経(痛覚、温覚、冷覚、触覚などの感覚神経)、運動神経(筋肉を動かす神経)、交感神経(血管の収縮、発汗、など)のどれをブロックするのかで分類できますが、星状神経節ブロックは交感神経をブロックする神経ブロックの1つです。
また、局所麻酔を用いるブロック(薬剤の効果としては2時間程度)と神経破壊薬を用いるブロックとに分けられますが、星状神経節ブロックは局所麻酔薬を用います。
星状神経節は、首の骨(頚椎)の6~7番目の横突起の左右の前方にあり、上半身の自律神経のなかの交感神経が集中している中継地点のような所です。
そこに短時間効く局所麻酔薬を注射し、交感神経をしばらく働かなくして、血流を改善させ、自律神経をリセットさせるという方法が星状神経節ブロックです。
注射がいやな方には、低出力レーザー、近赤外線などをあてることにより、注射に近い効果を得ることもできます。
効果として考えられているのは、交感神経に依存する疼痛改善、交感神経ブロックによる血管拡張、血流改善、抗炎症作用、交感神経の過緊張にともなう自律神経の正常化などがあります。
適応疾患としては、顔面神経麻痺、突発性難聴、肩こり、頚肩腕症候群、帯状疱疹後神経痛、非定型顔面痛、耳鳴り、緑内障、花粉症、メニエール氏病、更年期障害など自律神経が関与すると考えられる多岐の疾患に有効であるとされています。
効果をあらわす機序として、脳下垂体、視床下部の血流を改善することで全身的なホルモン、免疫機能を正常化するなど、いろんな機序が考えられていますが、まだ充分解明されているとは言えません。
したがって、その適応については慎重に考慮する必要があります。
2007.11.20 帯状疱疹(ヘルペス)
帯状疱疹はヘルペスウイルスの一種である、水ぼうそうのウイルスによって引き起こされる病気です。
子供のころにかかった水ぼうそうのウイルスが神経細胞に何十年も潜んでいて、体調が悪くなったり、免疫力が落ちたりしたときに神経に沿って増殖しその神経支配部位の皮膚に発疹ができたり、水ぶくれができたりする病気が帯状疱疹です。
したがって、水ぼうそうにかかったことがない人や、子供のころにワクチンを接種した人は帯状疱疹になることはありません。
名前の由来となっている、おびの様に発疹、水ぶくれが出ますが、特徴としては、左右どちらかにしか出ないという所です。
解剖学的な神経の走行の特徴により、そうなります。
皮膚の発疹が出る前に、その部位の違和感や、痛みを訴える人が多いですが、これは、まず、ウイルスが神経を障害するからだと考えられます。
それから障害を受けた神経の支配領域に皮膚症状が出てまいります。
皮膚症状の方は、抗ウイルス剤のよい薬が開発されてから、ひどくなることはあまりなくなりましたが、以前は皮膚がケロイド状になり、顔面の帯状疱疹などでは悲惨でした。
しかし、帯状疱疹後神経痛の方はその薬を用いても発症頻度に変化はありません、それは皮膚に発疹が出てから抗ウイルス剤が投与されることがほとんどで、そのときはすでに神経が障害されてしまっているからであろうと考えられています。
通常90%以上の方では痛みは3週間程度で消失しますが、残りの10%弱のひとが、帯状疱疹後神経痛となり、強い痛みが10年以上にわたって患者さんを苦しめます。ご高齢の方ではもっと高頻度に帯状疱疹後神経痛に移行しやすいようです。
ペインクリニックの現場では、帯状疱疹後神経痛への移行を如何にくいとめるかが長年の課題となっています。
残念ながら、神経痛に移行するかどうかの早期診断はできないのが現状で、完全に帯状疱疹後神経痛へ移行してしまうと治療は非常に困難となりますが、神経痛への移行を少なくする治療はありますので、発症後1ヶ月以上強い痛みがある場合、専門医に受診されることをお勧めいたします。
2007.12.20 低髄液圧症候群
低髄液圧症候群という病気は、その治療に保険適応がないということで、最近一時マスコミで取りざたされた病気で、ご存知の方も多いかと思います。
交通事故でのむち打ち症の症状の多くがこれによるものではないかと言う事と、治療するのに健康保険、ないし自賠責保険がきかないということが、マスメディアで問題視されていたようです。
低髄液圧症候群というのは、あまり耳慣れない病名で、ピンと来ない方が多いとおもいますし、病気としても比較的新しい概念ですので、ご説明いたします。
髄液圧というのは、脳脊髄液圧の略語です。脳脊髄液というのは脳(頭蓋骨の中)と脊髄(背骨の中)はくも膜と硬膜という袋の中で脳脊髄液の中に浮かんでいるような状態であると考えていただいて結構です。
簡単に言うとこの脳脊髄液が減少して、その圧力が下がった状態がこの病気であるといえます。
特発性低髄液圧症候群というのは、交通外傷、スポーツ外傷などで、脊髄のところで袋が破れている状態です。
袋が破れると当然なかの脊髄液は外に流れ出ます。そうすると脳と脊髄は同じ袋に包まれているので、脳より下のほうにある(立っているとき)脊髄から液が流れ出すと、脳の周りの液は下に行き脳の液の圧力が下がり、脳そのものも下へ引っ張られることになります。
低髄液圧症候群の症状は、慢性的な頭痛、頚部痛、吐き気、めまい、集中力低下、思考力低下、視力低下、全身倦怠感など多彩な症状が出ます。
とくに立位で(起き上がって15分以内に)症状が悪化し、横になることで症状は軽くなります。
症状で診断をつけることは難しく、CT、MRI、RI(放射性同位元素)による脳槽、脊髄シンチ、などでようやく診断を下すことができます。
治療法としては、硬膜外自家血パッチという方法が一般的です。
これは、破れている場所を特定した上で、その部位の硬膜外腔というところへ、自分の血液を注入して癒着させることによって、破れをふさぐという方法ですが、何度か行う必要があることが多いようです。
実は、低髄液圧症候群というのは、麻酔科にとってはちっとも新しいことではなく、腰椎麻酔では、針で脊髄を覆っている袋を刺して脊髄の中に麻酔薬を注入するため、その合併症としての腰椎麻酔後頭痛は広く知られておりました、しかしごく細い針で空いた穴は長くても1ヵ月程度でふさがり、症状も消失するため、硬膜外自家血パッチを行わなければならないことはほとんどありません。
2008.02.20 癌性疼痛(その1)
がんに伴う痛みはいろんな原因で起こりますが、骨転移などに伴う痛みは激烈で、しかもだんだん増強していく場合が多く、がんの末期であるという精神的苦痛もあいまって、患者さんの苦痛は耐えがたいものであろうと推察できます。
癌性疼痛の治療は現在、WHO(世界保健機構)方式癌疼痛治療法というものがスタンダードになっています。
しかしながら、日本においては、まだ欧米に比較して、この方式の普及率は低いといわれています。
これは、麻薬に対する偏見、誤解が根強い、医療従事者自身の癌性疼痛に対する理解が不十分、医学教育、卒後研修が不十分、などが挙げられます。麻薬に関する偏見は医療従事者にも根強く、麻薬は体を弱らせる、余命を縮める、依存が強いなどの誤解がありますが、逆に痛みを取らないことの方が、がんの進行を早め、余命を短くすることがわかってきています。
また、これまでの癌の診療は、主として外科系の分野とみなされて、がんの根治を目指す外科的手法に重点がおかれ、進行がんの診療については立ち遅れがありました。
進行がんを診療する腫瘍内科も最近になって各大学に少しずつ出来てきてはいますが、ほとんどない状態でした。
また、疼痛治療の専門家である麻酔科のペインクリニックの医師も、神経ブロックを優先し、薬物療法を最小限とする傾向がありましたし、進行がん患者さんの主治医からの、ペインクリニックへの紹介内容は、疼痛のある進行がん患者さんについて、患者さんにとって、一番よい疼痛治療法はなにかという問い合わせではなく、神経ブロックの適応はないかとの依頼が主で、薬物療法については、主治医に任せ、口出しをしないという悪しきセクショナリズムがあったようにおもいます。
こういったことにより、日本は、進行がん医療の後進国と言われて久しかったのですが、ここ、10年ほどでかなり状況は変化してきています。
現在は、各病院に緩和ケアチームができるほどになってきていますが、まだ充分であるとは言えないでしょう。
次回は、具体的な、癌の疼痛治療について述べる予定です。
2008.03.20 癌性疼痛(その2)
がん性疼痛は、身体的な痛みだけとして捉えるだけでは不十分で、その人の「全人的苦痛(トータルペイン)」として考えなくてはいけないと言われています。
「全人的苦痛」とは主に、次の4つに分類されます。
1)身体的苦痛:がんそのものの疼痛、がんの治療に伴う吐き気、気分不良などの苦痛、全身倦怠感などの身体症状、自力での歩行、食事、排便などができないなど日常生活能力の低下など
2)精神的苦痛:不安、苛立ち、怒り、恐怖、孤独感、不眠、抑うつなど
3)社会的苦痛:家庭内の問題、仕事上の問題、経済上の問題など
4)霊的苦痛(スピリチュアルペイン):人生の意味や価値観への疑問、苦痛の意味、絶対的な存在への追求、死生観の迷いなど。
この4種類の苦痛が、進行がんに伴う苦痛であるとされています。欧米での概念をそのまま日本に持ってきている形ですので、4番目の霊的苦痛というのは多少日本人には判りにくいかも知れません、宗教的苦痛と言い換えれば、少しは判りやすいかと考えますが、私自身、充分理解できているとは考えておりません。
このように、総合的に進行がんの患者さんの苦痛を緩和すべきであると考えられており、身体的な疼痛の治療だけでは、充分ではではないと考えられています。これらのことは、当然ですが医師、看護師などの医療者だけで解決できるはずもなく、家族、友人、宗教者(欧米では神父、修道女などが病院へ普通に来ます。もともと中世ヨーロッパでは看護師は修道女、シスターがその役割を負っていました)などがそれぞれの役割分担をすべきところでしょうが、日本では現状では医療に対しての宗教者の介入は多少無理があると私は感じています。(あくまで、日本での医療と宗教のかかわりに対する私見であり、日本の宗教者を貶めるつもりは毛頭ございませんので誤解をなさらないようお願いします。)
したがって、医師、看護師などの医療職、介護士、ヘルパーなど、そして家族で何とかその苦痛を緩和できるよう努力をしなければならないと考えています。
次回は主に進行がん患者さんの身体的な疼痛に対しての治療について述べてまいります。
2008.04.20 癌性疼痛(その3)
これまでの話で、進行がんの苦痛は身体的な痛みを取るだけでは充分でないということはお解りいただけたと思います。
今回は身体的な疼痛に関して述べてまいります。
がん性疼痛のコントロールは、WHO方式がん疼痛治療法をもとにして行われることが多いのですが、まずコントロールの目標として以下のようなものがあります。
第1目標:夜間の睡眠の確保・・痛みに妨げられない夜間の睡眠時間の確保。
第2目標:安静時の除痛・・日中の安静時の痛みがないようにする。
第3目標:体動時の除痛・・体を動かしても痛みがないようにする。
最終目標:痛みがない平常の生活がおくれる。
このように、段階的に目標をクリアしていくわけですが、最終目標まで達成するのには困難な場合もあることはご理解できると思います。
疼痛をとる方法としては、鎮痛剤が主体となります、モルヒネなどの麻薬、消炎鎮痛剤、などですが、投与法としては
1)経口投与を優先する:飲み薬が最も制約が少ないので、服用ができなくなってから、座薬、貼り薬、注射などを選択する。
2)時間をきめて規則正しく服用する:麻薬などは効果持続時間がある程度はっきりしているので、効果を一定にするために規則正しい時間の服用が望まれる。
3)痛みの強さに応じて段階的に投与する:WHO 3段階除痛ラダー(階段)が策定されており、痛みに応じた鎮痛薬の種類、組み合わせが決まっております。
4)患者さんの個人々々に合わせた投与をする。
5)細かい配慮を行う:副作用の軽減、疼痛の緩和の評価を細かく行い、投与方法、投与量に反映させる。などの原則が挙げられています。
痛みに対する評価(アセスメント)が重要で、アセスメントを行いつつ、それを反映させていくという作業が大変重要です。
また痛みの中には、鎮痛剤の効果が現れにくい痛みがあります。
それは、神経原性疼痛(ニューロパシック ペイン)と云われる痛みで、通常の痛みが神経末端の痛みを感じる受容体への侵害で起こるのに対して、神経の途中の部分の神経そのものに対する侵害で起こる疼痛で、患者さんは、ジンジンするようなしびれを伴う痛みと表現することが多いようです。
この疼痛を軽減させるのはやや困難ですが、抗うつ剤(うつ病の薬)抗ケイレン剤、など各種の薬の組み合わせで治療いたします。
2008.05.22 癌性疼痛(その4)
進行がんの患者さんの場合、手術による根治治療が不可能の場合、以前は抗がん剤投与、放射線療法などの抗がん治療を行いながら、入院治療を行い、病院でお亡くなりになる方が多かったと思います。
昭和25年頃で病院でなくなる方(病院死)は9.2%と1割を切っており自宅で亡くなる方(在宅死)が、ほとんどでした。それが昭和52年を境に病院死が在宅死より多くなり、平成18年の統計では自宅で亡くなる方が12.2%と昭和25年と比較してほぼ逆になっています。
診療報酬改定により、事の善し悪しは別にして、病院側の経営上3ヶ月以上の継続入院が事実上できなくなって、自宅での療養を余儀なくされているかたが増えてきつつあります。
では、御本人の希望はどうかというと、総理府の統計によると昭和55年は高齢者の95%の方が自宅で最期を迎えたいと考えていましたが、近年の45%と減少しており、これは他の研究結果でも同様です。
これは、核家族化、家族に迷惑をかけたくない、充分な医療が受けられないのではないかという不安、病院で死ぬのが当たり前となってきている、などの理由が考えられますが、ご高齢の方を取り巻く環境が、最後の時間を在宅でという選択ができなくなっているのではないでしょうか。
厚生省の方針では、在宅での看取りを推進していますし、年間の死者数が最大となると予想されている2040年ころには、特別養護老人ホームなどで亡くなる方も含めて、在宅死を4割に引き上げることを目標に挙げています。
後期高齢者医療制度が導入される中でも、在宅医療の位置付けは依然重要なものとなっています。
私は、お国の方針には、あまり関心はありません。
問題は個々の末期がんの患者さんがどうしたいのかだけです。どうすれば、ご本人が精神的にも身体的にも安寧を保ちながら、残された貴重な時間を過ごせるのかを考える必要があると思います。
家族に大きな負担をかけているのであればご本人も心の安寧は得られません、在宅医療は、バックアップを行う病院、在宅医療を行う医療機関、訪問看護チーム、訪問介護チーム、ソーシャルワーカーなどが密接に連携しながら、患者さんにとって最善な方向を常に模索しながら治療を行っていく必要があると考えます。
2008.06.21 胸痛(その1)
今回から、胸に痛みを生じるいろいろな疾患について解説していきます。もし、皆さんに胸痛が起こった場合ご参考になれば、幸いです。
胸痛を臓器別に分類すると 1)心臓 血管系 2)肺、胸膜 3)神経 骨 筋
4)消化器系 5)心因性 に大きく分けられます。
心臓関連の痛みから説明いたしますが、胸痛というと、心臓の病気を思い浮かべる人がほとんどだろうと思われるくらい良く知られています。
心筋梗塞、狭心症の痛みの原因は同じで、虚血性心疾患と総称されます。
心臓の筋肉つまり心筋へ血液を送る冠動脈が動脈硬化などで狭くなり、心筋へ流れる血液量が少なくなると痛みを生じます。
突然起こる疼痛で、痛む場所は胸骨の中心部付近(みぞおちの上4~5cmの辺り)で、締め付けられるような痛みと表現されることが多いようです。
また、左肩、頚部、左腕へ放散痛がある場合もあり、しばしば冷や汗、呼吸困難感を伴います。
狭心症の場合、持続時間は通常5分以内で、心筋にも障害を残すことはありません。心電図の検査をしても、痛みがない時は正常です。
心筋梗塞の場合は痛みは30分以上持続し、だんだん強くなってきます。
心筋は血液が来ないことによって、低酸素となり、壊死を起こし、心臓の機能に重大な障害を起こします。
虚血が起こった範囲が広い場合は、死に直結します。
糖尿病性の神経障害がある場合、痛みを伴わない、無痛性の心筋梗塞もありますので注意が必要です。
心臓を覆っている心膜という膜が細菌感染などで炎症を起こした状態を心膜炎といいますが、その場合も胸痛を伴うことがあります。
通常発熱などを伴いますし、虚血性心疾患のように突然おこる疼痛ではなく、じわじわ痛くなることが多いようです。
次に、心臓から出てくる大血管が原因となる胸痛ですが、胸部大動脈瘤破裂、解離性動脈瘤などが挙げられます。
激烈な疼痛であることが多く、背部痛を伴う事もあります。
生命の危機に直結し、通常、緊急手術が必要となりますが、残念ながら救命できないこともたびたびです。
古い話ですが、石原裕次郎が解離性大動脈瘤で手術を行い回復なさったのはご存知の方が多いかと思います。次回は心血管系以外の原因の胸痛についてご説明いたします。
2008.07.21 胸痛(その2)
今回は心臓以外が原因の胸痛についてご説明いたします。
「肺、胸膜が原因で起こる胸痛 」
肺が原因で痛みがでる疾患としては気胸が挙げられます。
自然気胸は、通常、肺胞がのう胞状になったものが破れることにより、肺側の胸膜と胸壁側の胸膜とのあいだに空気がたまり、肺が膨らまなくなりますので、呼吸困難、片側の胸の痛みが突発的に起こります。
痩せ型の若い男性に多いようです。
胸が痛むと、肺癌ではないかと思われる方が意外に多いようですが、肺癌は肋膜、胸壁への浸潤、骨転移などがなければ痛みはありません。
つまり、肺実質、肺側の胸膜までであれば痛みはなく、肺癌で痛みがある場合はかなりの進行癌であるということになります。
同様に、肺炎、結核などで肺そのものが痛むことはありません。
もちろん、肺炎、気管支炎などで咳が長く続いたりして、胸の筋肉の痛み、胸骨と肋骨の関節が痛むということはありますが、痛みの原因の分類としては後に述べます神経・筋・骨が原因の方になります。
胸膜に原因があるものとして、胸膜炎があります、癌性胸膜炎と細菌感染による急性胸膜炎があり、深呼吸、咳などで胸痛が強くなります。癌性胸膜炎は予後不良ですが、感染による胸膜炎は抗生物質の投与で改善します。
「神経・筋・骨が原因で起こる胸痛」
神経が原因の胸痛としては、肋間神経痛が有名です、原因がわからない場合が多いですが、癌の転移などに伴う二次的な肋間神経痛もあるので注意が必要でしょう。
帯状疱疹に伴う神経痛も胸部に多いといえます、左右どちらかの片側の痛みの場合がほとんどです。
筋、筋膜が原因の痛みとしては、咳などによる筋肉疲労、線維筋痛症などがあります。
骨、関節が原因のものとしては、胸椎が原因の圧迫骨折、椎間関節症などによるものは、胸背部に痛みの中心がある場合が多いようです。
肋骨骨折、胸肋関節の脱臼などが挙げられ、深呼吸、咳などで鋭い痛みが起こります。
肋骨骨折は、満員電車で押された、ゴルフでひねったなどの軽い外力でも起こり得ますし、長引く咳での疲労骨折も珍しくありません。
「消化器が原因で起こる胸痛」
逆流性食道炎では、胃液が上がってくるなどの症状のほか、むねやけのような胸骨の裏の痛みが伴う場合があります。
2008.08.21 腹痛(その1)
腹痛は突然起こる激しいいたみであったり、少しずつ増強してくる痛みであったり、周期的に痛みが来るなどいろいろな腹痛がありますが、今回はおなかの痛みについて少しわかりにくいかもしれませんが、その分類から述べてまいります。
腹痛は、痛みが発生するメカニズムにより 1)内臓痛 2)体性痛 3)関連痛に分類されます。
1)内臓痛:胃、腸、胆のう、胆管、尿管などの、管(くだ)状のものでは、拡張、伸展、牽引、収縮することに伴い生じる痛みであり、肝臓などの実質臓器では、腫れたりすることによる、表面の皮膜の伸展に伴う痛みのことです。
痛みを伝える求心神経は交感神経系の無髄C受容体線維が主で、焼けるような痛み、鈍痛であったり、差し込む、疼く、と表現される周期的で間欠的な、いわゆる疝痛とよばれる痛みだったりします。
神経受容体の支配が両側性のことが多いため、痛みの部位はおなかの正中線を中心に対称的に痛みます。
どちらか片方だけということは少ない傾向にありますし、吐き気、嘔吐、冷や汗などの迷走神経反射を伴うことが多いと言われています。
具体的な例をあげますと、下痢のときおなかが痛いのは、内臓痛であり、腸の内容物を体外に排出しようとして腸の蠕動が亢進し、強く収縮したときに、さし込むような痛みがおなか全体にでます。
胆管結石、尿管結石の時も同様で、結石を押し出そうと管が強く収縮する際に痛みが出ると考えられます、特に結石などで管が閉塞しているときは、痛みが強くなりやすいと言えます。
2)体性痛:腹痛の場合、体性痛は、腹膜に対する刺激による痛みです。
腸間膜、壁側腹膜、横隔膜などへの刺激です。痛みを伝える神経は脊髄神経系の有髄性のAデルタ線維と、無髄性のC受容体線維の両方になります。
痛みの性状としては持続性の刺すような鋭い痛みで、痛みの部位が限局していることが多い傾向にあります。
具体的には、虫垂炎(盲腸炎)がひどくなって、腸管に穴が開いたりして、腹膜炎を起こしている場合などが挙げられます。
3)関連痛:痛みを伝える神経の求心路は脊髄を通って脳へ痛みを伝えますが、その途中の脊髄後角までが1次ニューロンという1つの細胞でそこから、2次ニューロンへと神経細胞を乗り換えて脳へと刺激が伝わります。
乗り換えるとき、その脊髄周辺の別の神経も刺激することが多く、その脊髄レベルでの他の部位が痛いと感じてしまいます。
これを関連痛と呼び、離れた場所への関連痛は放散痛と呼ばれます。
2008.10.20 在宅での緩和ケアについて
進行癌の患者さんが病院での療養から、在宅への療養へ移行しようとするときに、最も不安に思うことは、突然強い痛みが出現し、痛みに苦しみながら死んでいくのではないか、自宅では充分な医療サービスが受けられないのではないかと言う事です。
しかし、現在の在宅支援診療では、麻薬(オピオイド)の多様化、および他の鎮痛剤の併用により、疼痛のコントロールは、在宅でも充分コントロールできるようになって来ていますし、訪問看護、訪問診療により、病院への入院中と同等の、十分な対処ができると考えていただいて間違いないと思います。以前、癌性疼痛について解説いたしましたときに詳しくご説明いたしましたが、麻薬の使用は寿命を短くするという根強い誤解がありますが、決してその様なことはなく、逆に痛みを取らないほうがよくないということが判ってきています。
麻薬(オピオイド)はこれ以上投与できないという量はなく、痛みがなくなるまで適正な量に増量できますし、これ以上増やしても効果がないということはありませんし、痛みを我慢してもいいことはひとつもありません。
ただし、麻薬の増量で抑えることが出来ない、神経原性疼痛、心因性疼痛などがあり、それに対しては別の薬が必要となります。また、麻薬は疼痛がある限り増量しても問題になりませんが、それ以上の量を投与すると、眠気、呼吸の抑制などが出る場合があり、その場合は、それ以上の増量は難しくなります。
麻薬の投与に伴う副作用は、便秘、吐き気、痒み、が主ですが、その副作用にも充分注意して下剤、吐き気止めなどの投与が必須となります。
病院から在宅療養へ移行する場合、患者さんが不安に思うことは、医療サービスの面だけではありません。自分が自宅へ帰ることによって、家族に負担を強いるのではないかということを、気になさる患者さんが多いようです。
確かに、家族に過重な負担をかけて、自宅で療養するということは、自分の残された限りある生を心安らかに過ごすという面では、ご本人にも抵抗があるかもしれませんし、家族の負担は、入院中より過重となるでしょう。
病院で白い無機質な壁と、他人に取り囲まれて不安な時間を過ごすよりも、住み慣れた自宅で肉親や、かわいがっているペットにかこまれて、過ごす方が心の平穏は明らかな違いがあるでしょう。実際、自宅で最後を迎えた方は、最後までやすらかで、ご家族も自宅で療養できてよかったと思われる方が多いようです。
2008.11.19 疼痛に対する薬剤療法(その1)
今回は、痛みに対して用いられるお薬についてそれぞれの特徴、副作用などについてご説明いたします。
非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs、解熱消炎鎮痛薬)
抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用、血小板凝集阻害作用など様々な薬理作用(薬効)があり、現在、痛みに対して、最も処方されている薬剤と言えます。風邪などの発熱、頭痛、咽頭痛などに対して処方されることも多い薬剤で、たいていの市販の風邪薬に配合されています。また、内服薬(飲み薬)、注射薬、座薬(お尻から入れる薬)、張り薬(湿布薬)、などのいろいろの方法で投与され、たくさんの種類があります。
痛みに対してではなく、心筋梗塞、脳梗塞などの予防にバファリン81などの薬を飲んでおられる方も多いと思います。バファリンの一般名はアスピリン(アセチルサルチル酸)であり、非ステロイド性抗炎症薬の一つですが、抗血小板作用があるため、抗血栓目的で汎用されています。蛇足ながら、アスピリンはアレルギー反応で有名なピリン系の薬剤であると勘違いされている方が多いようですが、ピリン系ではありません。
ピリン系の薬剤も鎮痛解熱剤ですが、最近使用されることが少なくなってきています。
非ステロイド性抗炎症薬の副作用で最も多いのは胃潰瘍、胃炎などの胃腸障害です、通常、胃薬と共に出されることが多く、空腹時に服用しないことも重要です。
腎臓の血流を減少させる作用があるため、長期服用で、腎臓の機能が落ちることもあります。特に高齢の方では要注意で、足のむくみなどが出てきた場合はその可能性が高いと考えられます。
他の種類の薬剤でも同様ですが、肝臓への影響も出る場合があり肝機能の定期的な検査が必要でしょう。喘息の患者さんでは充分な注意が必要です。
アスピリン喘息という呼称が有名ですが、アスピリンだけでなく、他の非ステロイド性抗炎症薬でも起こりますし喘息が重症化することがありますので、市販の風邪薬にも、たいてい注意書きに記載されています。
慢性の疼痛には、効果が充分でないことが多く、慢性疼痛に対して、漫然と長期間服用するのは再考する必要があると考えます。
2008.12.20 疼痛に対する薬物療法(その2)
前回は疼痛に対して最もよく用いられる、解熱消炎鎮痛薬(非ステロイド性抗炎症薬)について述べましたので、今回はそれ以外の薬剤についてご説明いたします。
2)ステロイド系抗炎症薬
糖質コルチコイドとよばれる、副腎皮質ホルモンのことです。
人体では腎臓の上部にくっついている副腎という器官から分泌されるので、こう呼ばれています。
人体にストレスがかかったときに分泌されるストレスホルモンの一種で、強い抗酸化作用を持ち、いわゆるフリーラジカル(活性酸素)のスカベンジャー(処理物質)として強い抗炎症作用を現します。
スポーツの分野でドーピングとして問題となることが多いステロイドとは筋肉増強剤といわれる、男性ホルモン類似物質を化学的に生合成したものです。
男性ホルモンも女性ホルモンもステロイドホルモンの一種ですが、別の作用を示すものとお考えください。
ステロイド系抗炎症薬は、強い抗炎症作用、鎮痛作用を持ちますが、副作用が問題となることが多く、痛みの治療薬としてはかなり限定的な使われ方しか致しません。
自己免疫疾患のひとつであるリウマチ性関節炎、がん性疼痛、などでは比較的長期間用いられることがありますが、他の痛みの治療では1~2週間という短期間使われる程度で、使用頻度もきわめてまれです。
副作用は多彩ですが、代表的なものを挙げますと、免疫力の低下(感染しやすくなる)、耐糖能低下(糖尿病)、高血圧、肥満、骨粗しょう症、胃十二指腸潰瘍、精神症状、などさまざまで、副作用としてはこわいものが多いといえるでしょう。
また、副腎皮質から本来分泌されているホルモンを、外部から余分に投与されるわけですから、長期投与により、副腎皮質は、本来の働きを失い、副腎皮質ホルモンを分泌しなくなります。
したがって、長期投与された場合、急に薬をやめることは厳禁で、徐々に減らして、本来の副腎皮質の働きが戻るのを待つ必要もあります。
ただし、喘息に用いられることが多い吸入のステロイドは、直接患部に届くため、内服などと比較して非常に少ない量ですので、副作用は非常に軽微で、急にやめても、それに伴う、喘息の悪化などはある場合もあるでしょうが、副腎皮質の機能低下はほとんどありません。
2009.01.19 疼痛に対する薬物療法(その3)
麻薬性鎮痛剤(オピオイド)
麻薬はご存知のように、麻薬及び抗精神薬取締法等の法律によって厳しく取り締まられており、医療、研究目的以外での使用は禁じられています。
勿論、医薬品として用いられる場合も医師といえども麻薬施用者許可という認可が必要で、その保管など取り扱いは厳しい規定があります。手術時の麻酔、がん性疼痛の除痛以外に用いられることはほとんどありません。
法律で取り締まられるのは、麻薬の精神依存、身体依存などが問題となるからです。依存の形成は脳内物質のドーパミンが関与していることが判ってきています。
ドーパミンの放出により、多幸感(気分が高揚して、陶酔感がえられる状態)が出現します。
ところが疼痛がある場合は、ドーパミンの放出が抑制されるため、疼痛に対して処方される麻薬で、身体的、精神的依存が形成されにくいといえます。
がん性疼痛の治療で麻薬を使うと依存症になってやめられなくなるというのは誤解です。
麻薬の副作用に呼吸抑制(呼吸数が少なくなる)というものがありますが、これも疼痛のある場合ほとんどありません。
麻薬性鎮痛薬を使うことにより死期が早まるのではないか?死期が近いときにだけ使用するのではないか?使い始めると痛みがもっと強くなったとき効果が出ないのではないか?などなど、麻薬については医療関係者も誤解が根強くありますが、世界保健機構(WHO)のがん性疼痛緩和のガイドラインにも規定されているように、安全に使用できるものであるということを強調しておきたいと思います。
近年医療用の麻薬性鎮痛剤の製剤の多様化は目覚しく、内服薬も除放剤ができ、ゆっくり長く効果が出るように工夫されているものや、張り薬、座薬(お尻から入れる)などの製剤ができています。
また薬剤そのものも、モルヒネ、コデイン、ペチジン、フェンタニ―ル、オキシコドンなど使用できるものが多様化しています。
副作用としては、便秘、悪心(吐き気)嘔吐、眠気、皮膚の痒み、発汗などがあり、投与量によっては呼吸抑制も起こりえます。
麻薬性鎮痛薬は最も強力な鎮痛作用を持つ薬ですが、がん性疼痛のなかの神経因性疼痛というものは増量しても除痛できないものがあり、注意が必要であると考えられます。
2009.02.18 疼痛に対する薬物療法(その4)
鎮痛補助薬
鎮痛補助薬というのは、本来、痛みを取るための薬剤ではないが、他の鎮痛剤などと組み合わせて使用することにより、除痛効果をあげることが出来る薬物のことです。
WHO(世界保健機構)が策定した癌性疼痛に対する3段階除痛段階でも鎮痛補助薬が推奨されています。特に神経因性疼痛(神経系の損傷または機能障害が原因になって生じる痛み)や、慢性疼痛などは、麻薬などの鎮痛剤の効果が出にくいため、ペインクリニック領域ではよく用いられます。
以下に、比較的よく用いられる補助薬を分類別に述べます。
抗うつ薬:疼痛のある患者さんでは、不眠、抑うつなどうつ状態が見られることが多いのは事実です。
したがって、うつ状態が改善することによって痛みが改善するのだろうと考えられがちですが、それは間違いです。
うつ病に用いるより少ない量で効果が出ますし、効果の発現も早い傾向があります。効果の発現機序としては、セロトニン、ノルアドレナリンの再取り込み阻害による、疼痛抑制系の活性化であろうと考えられています。
めまい、吐き気、嘔吐、排尿困難(特に前立腺肥大のある方)、便秘、その他の副作用に注意が必要です。
抗不整脈薬:心臓の不整脈に用いられる薬剤です。
不整脈は、心臓の動きを決める刺激伝道系という神経が異常発火(神経の異所性興奮)することによって起こることが多く、抗不整脈薬の中にはその異常発火を抑える働きがあるものがあります。
神経末端のNaチャネルを抑制し膜安定化効果を持つ薬を使うことで、神経の障害によって引き起こされる異所性の電気活動を抑制し疼痛を緩和するという機序が考えられます。
胃腸障害、QT延長など逆に危険な不整脈を誘発しかねない副作用があります。
抗けいれん薬:てんかんは大脳皮質の部分の神経の異常発火が起こることにより、けいれん、意識の消失などおこる病気ですが、その治療薬も疼痛の治療に用いられます。
有名なのは、三叉神経痛(誤って顔面神経痛と呼ばれることが多いようです。)に用いられるテグレトールで、単独で用いられることが多く、併用薬としての性格が強い鎮痛補助薬としては珍しい薬です。
近年ガバペンチンという薬が日本で認可されました。米国では慢性疼痛の補助薬として多く使われています。
日本ではまだ抗けいれん薬としてしか認可されておりませんが、帯状疱疹後神経痛などの慢性痛に比較的良好な効果が得られています。
2009.03.21 筋筋膜性疼痛症候群(MPS)とトリガーポイントブロック(その1)
最近、NHKの「ためしてガッテン」というテレビ番組で「トリガーポイント」についての放送があり、よく当院に電話などでの問い合わせがあります。放送のすべてを見たわけではないのですが、ご返答をしていて私が感じたのは、多くの方が、かなり誤解をなさっているということです。
したがって、今回はトリガーポイントを持つ疾患と、トリガーポイントブロックについてご説明します。
トリガーポイントブロックが有効な疾患の代表は、筋・筋膜疼痛症候群(MPS)です。
この名称はあまりよく知られておらず、ペインクリニックを行っている医師でないとよく理解していないといえるほどです。
かといって、まれな疾患という訳ではなく、筋骨格系の慢性的な痛みの患者さんの3割がこの病気だったという報告もあるくらいで、決してめったにないという病気ではありません。
通常、体の特定の場所に限局していくつかの「トリガーポイント」または「圧痛点」をもつ筋・筋膜の痛みがあり、1ヶ月以上持続する、あるいは、反復して同じ部位が痛くなるという特徴があります。
トリガーポイントは筋肉内の小さなエリアで、なにもしなくても痛みを感じたり、または圧迫することによって関連痛ゾーンと呼ばれている離れた部位に痛みを起こしたりします。
また、トート バンドと呼ばれていますが、筋・筋膜性疼痛症候群の患者さんの筋肉の中に硬くて痛い筋肉束として、触診によって硬結が発見できます。
トリガーポイントとは違い圧迫部位でのみ疼痛を引き起こすだけのことが多いようです。
トート・バンドの中で最も痛みが強く敏感なエリアがトリガーポイントであると思っていいでしょう。
筋・筋膜疼痛症候群と似ている疾患に線維筋痛症という病気があります。
2年ほど前、某テレビ局の女性アナウンサーがこの病気で悩み自殺したことから、一時マスコミでも取り上げられ有名になりましたが、いまでも記憶なさっている方はほとんどおいでじゃないと思います。
この病気では首肩腰などに広範囲に圧痛点がありますが、トート・バンド 硬結はありません。
また、広範囲にわたる筋骨格系の痛みであり、筋・筋膜疼痛症候群の痛みは限局的です。
トリガーポイントブロックについては次回ご説明いたしますが、どのような痛みにでも効果があるという魔法のような注射ではないことをご理解ください。
2009.04.20 筋筋膜性疼痛症候群(MPS)とトリガーポイントブロック(その2)
前回、筋・筋膜性疼痛症候群とトリガーポイントについて、ご説明しましたので、今回はトリガーポイントブロックの説明を致します。
トリガーポイントブロックは、大阪医大麻酔科教授であった、兵頭先生が、比較的簡単に出来る除痛法として全国の麻酔科に普及をなされた方法ですが、今では麻酔科のみならず、数多くの内科などの先生もなさっておられます。
他のいろいろな種類の神経ブロックが、(細かく分類すると100近くの数になります。)かなりの修練を積む必要があり、レントゲン透視下に行う必要があったりとかで、専門の麻酔科医しか行わないような手技がほとんどですが、トリガーポイントブロックは手技が簡単で、なおかつ、痛みが軽減する患者さんが多いとこから、前述のよう他科の医師も行われる方が多いようです。
簡単に言うと、トリガーポイントに注射をすることを、トリガーポイントブロックと考えて良いでしょう。
では、何を注射するのかですが、局所麻酔薬を注射する場合が最も多く、他に、炎症を抑えるために、薄めた水溶性ステロイド、消炎鎮痛剤(サルチル酸ナトリウム)などを混合して注射する場合もありますし、ノイロトロピンなど、下行性の疼痛抑制を促進するとされる薬剤を使用する場合もあります。
間違えてはいけないのは、神経破壊薬と呼ばれる数年以上効果を現す薬剤を用いるのではなく、2時間ほどしか効果はない局麻薬を使うということです。
2時間ほどしか鎮痛作用を示さない薬剤を注射して、なぜ、長期間の効果が得られるのか不思議に思われると思います。私も、実際にペインクリニックを始めるまで、半信半疑でしたが、慢性疼痛で長期間悩んでいる患者さんのかなりの割合の方がトリガーポイントブロックを何回か行っていくうちに、疼痛が軽減していくのを経験して驚きました。
筋・筋膜疼痛症候群に対して、効果を現すメカニズムとして有力な説は、痛みの悪循環と呼ばれる、局所の神経・筋・血管の変化を、トリガーポイントに局麻薬を注入することにより筋肉の緊張をとることによって改善させ、局所の交感神経の興奮を抑え、血流改善、痛み物質の洗い流し、筋緊張の改善すると考えられています。
疼痛の元となっている原疾患を治療しないと痛みは取れないと思われがちですが、腰、膝の器質的変化に伴う疼痛、たとえば腰椎ヘルニアなどでも筋・筋膜性疼痛を併発していることは多く、ブロックにより疼痛が軽減する場合はよくあります。
2009.05.19 片頭痛(その1)
今回は慢性の頭痛のなかで片頭痛について、ご説明しようと思います。
慢性の頭痛として、筋緊張性頭痛、片頭痛、群発頭痛、混合性頭痛、薬剤乱用性頭痛などが挙げられますが、今回片頭痛を取り上げるのは、片頭痛でお悩みの方が多く、日常生活にも支障をきたしている方が多いからです。
頭痛の程度、症状、頻度、持続期間は個人差が大きく、さまざまですが、特徴的なことについてご説明します。
女性に多く男性の3~4倍といわれており、10代後半から30台後半までの方に多いとされており、30代の女性の5人に1人が片頭痛をもっているといわれていますし、近親者に片頭痛のひとがいる女性の約半数に片頭痛が出現するといわれています。閉経後は頭痛が改善する方が多いようです。
頭痛が起こる前に、前駆症状がある方が全体の2~3割おられまして、全身倦怠感、何度もあくびをする、集中力が無くなる、怒りっぽくなるなどの兆候が現れます。
長く片頭痛で悩んでおられる方は「ああ、もうすぐ、頭が痛くなりそうだな」とわかるそうです。
さらに、頭痛が起こる直前(1時間以内)にきらきら回る歯車のようなものが見えたり、めまい、ものが二重に見えるなどの前兆が現れる方もいますが、全体の1~2割に過ぎません。
片頭痛をお持ちの方は、普段は頭痛が全く無く、ごく普通の生活が出来ますが、月に1~2回頭痛の発作が起こり、短い方で3~4時間、長い方は3日間ほど頭痛が続きます。生理周期と関連がある方が多く、生理前から3日目までが多い傾向にあります。
片頭痛という名前ですが、片側だけでなく、両側に起こることも多く、ズキンズキンと脈打つような痛みを感じる方が多いようで、程度もさまざまです。吐き気があったり、実際に嘔吐することも多く、強い光、匂い、音などで症状が悪化したりします。
また、起き上がったりすることで、痛みが増強し、家事や仕事など日常生活に支障がでるような強い痛みを訴える方も少なくありません。
片頭痛を起こす誘因も多く、食品では、チーズ、ワイン、ピーナッツ、チョコレート、人工甘味料など多様な食物が挙げられています。
また、ストレス、感情の起伏、睡眠時間、天候、強い匂い、光、種々の薬剤などさまざまなことが誘因となり得ます。
男性は片頭痛があっても軽い症状の方が多く、女性の片頭痛の苦しさを理解できない傾向があるようです。
次回は片頭痛の治療について解説します。
2009.06.20 片頭痛(その2)
前回に引き続いて、片頭痛のお話です。
今回は治療についてですが、主に内服治療について述べてまいります。
消炎鎮痛解熱剤(NSAIDS) 最も一般的な治療薬と言えます。
種類も豊富で、比較的安価です。市販の頭痛薬のほとんどがこの分類に入ります。これで頭痛が収まる方は比較的軽症と言えます。
副作用として胃潰瘍などの消化器症状に注意が必要です。
トリプタン製剤 片頭痛の特効薬として片頭痛治療薬の主流となっています。
現在日本で処方可能なトリプタン製剤は5種類発売されており、55%から70%の片頭痛に有効であり、いろいろな片頭痛のガイドラインでも一致して推奨されています。やや高価である点が難点で健康保険の3割負担のかたで1錠300円前後の負担となりますが、消炎鎮痛剤の40~50倍の価格です。
片頭痛と見極めがついたら早めの服用が必要で、片頭痛の極期に服用しても効果が現れにくい傾向があります。理由は判然としませんが、人によっては5種類のトリプタン製剤のなかで効果が出やすい種類とそうでないものとがあるようです。
片頭痛がおきているとき、アロデニアといいますが、髪の毛、顔面などを触るとビリビリするような異常感覚がある方で、異常感覚がある時に内服してもは効果が出にくいようです。今年4月にトリプタンの自己注射できるものが発売されましたが、かなり高価で、気安くお勧めできる価格ではありません。(注射薬は10年ほど前に発売されてましたが、自己注射タイプではありませんでした。)
エルゴタミン製剤 トリプタン製剤が発売されてから、処方されることが少なくなりましたが、トリプタン製剤が効きにくい方にはまだまだ必要な薬といえます。
但しトリプタン製剤と同時に併用することはできません。
予防薬 1)から3)の薬剤は片頭痛があるときに内服する薬剤ですが、大体、月に10日以上内服しないといけないような方は、薬剤乱用性頭痛を併発している可能性があります。
そういう方は内服しないと我慢できないような回数を少しでも減らす必要があり予防薬を継続的に飲む必要があります。カルシウム拮抗薬のミグシスが一般的ですが、漢方薬の呉茱萸湯(活字が無ければ 呉しゅゆ湯でいいです)なども有効です。ベータ遮断薬、マグネシウム製剤、抗うつ薬、抗けいれん薬なども用いられますが、保険適応外ですので主治医とよく相談しながら内服する必要があります。
2009.07.21 むち打ち症
むち打ち症の正式名は外傷性頚部症候群といいますが、最も一般的なものは、交通事故で追突される、または衝突することによって発症し、首が後方または前方へ強く曲がり反動で反対方向へ曲がり、むちが打たれるときと同じように首が動くことからむち打ち症と呼ばれます。
第二次大戦中、空母から離陸する際に飛行機を打ち出すカタパルトによって、パイロットがむち打ち症の症状が多発したことにより注目されたのが最初のようです。
主に頚部の痛みが主体ですが、障害部位によっては手足のしびれ、頭痛、吐き気、疲労しやすいなど多様な症状が出現します。
通常、2~3ヶ月以内に症状は消失しますが、いろんな理由で長引く人もおられます。
上肢のしびれ、筋力低下などの神経症状がある場合はMRIなどによる精密検査が必須で、頚椎損傷、頚椎ヘルニア、頚椎脱臼などの重大な合併症が無いかどうか調べる必要があります。
損傷部位により症状に違いが見られますので順次説明します。
まず、頚椎周辺の軟部組織の損傷ですが、首の周辺の痛みが主症状です。
頚椎周囲の靱帯、筋、神経、頚椎椎間板、椎間関節、関節包などの損傷によって起こり、頚椎捻挫と呼ばれることもあります。
いわゆるむち打ち症と呼ばれるもののほとんどがこれであると考えていただいて差し支えないでしょう。
そのほかの外傷でもよく見られることですが、受傷時より1~2日たってから、症状が強くなることがあります。
次に神経根の障害に伴う症状として、神経根の支配領域にしたがった痛み、しびれ、筋力低下が出現します。
椎骨動脈の障害に伴う症状もありますが、頻度は少ないようです。
これは自律神経の関与によるものとされ、めまい、難聴、言語障害、目の異常、ふらつきなど小脳の失調症状が主となります。
脊髄損傷に伴う症状は重大で緊急手術となる場合も少なくありませんが、むち打ち損傷の範囲を超えているともいえますので詳しくは述べません。
近年、注目されているのは、むち打ちに伴う低髄圧症候群で、脊髄を包んでいる硬膜という膜が破れてしまうことで、脳脊髄液が硬膜の外に漏れ出してしまい、頭痛、倦怠感などの症状がでます。
脳外科などで検査をして判定しますが、確定したら、硬膜外自家血パッチといって、硬膜外に自分の血液を注入して固まらせることにより硬膜の破れを補修する治療が行われます。
2009.08.20 帯状疱疹(ヘルペス)その1
今回は帯状疱疹(ヘルペス ゾスター)について解説いたします。
ヘルペスウイルスは人にうつるものとして8種類ほどに分類されております。誤解をなさってるかたが多いようなのでちょっとだけ説明しますと、人に病気を起こすもので有名なものとして、
単純ヘルペス:1型と2型がありますが、口唇などに水ぶくれを起こしたりするウイルスです、いったん治癒したようでも潜伏していて、風邪で熱を出したりして免疫力が弱ると、反復して起こすことがあり、熱の華などと呼ばれます。完治させるのはなかなか困難です。
突発性発疹ウイルス:ヒトヘルペス6―B型です、新生児のとき起こって親をあわてさせることが多いのでご存知の方が多いと思います。
さて本題の、帯状疱疹ウイルスですがこれは子供のときにかかる水疱瘡を起こすウイルスと同じものでヒトヘルペスウイルスの3型に分類されています。
子供のときに水疱瘡に罹ったことのある人しか帯状疱疹は発症しません。
通常水疱瘡は一度罹患すると二度と罹らないことが知られています。
免疫の力で感染しても発症しないで済みます。
それでは何故、帯状疱疹になるのかといいますと、子供のときに罹った水疱瘡ウイルスが神経根の中に何十年も潜伏していて、なんらかの原因で、免疫力が落ちてきたときに潜伏していた神経根に沿ってウイルスが増殖し、神経を損傷し、皮膚症状を現します。顔面や胸部、腹部、足などの片方だけに、痛みを伴って、赤くなり、水ぶくれなどの皮膚症状をきたします。
免疫力が落ちる原因として、糖尿病、癌、化学療法など病気に伴う原因だけでなく、疲労、体調不良、徹夜など無理をしたなどが原因となります。
免疫も病原菌(ウイルス)に曝露されること無く長期間が経過しますと自然に低下してきます。
子供のころにワクチン接種した世代は帯状疱疹になることはありませんし、大人になってからでも、水ぼうそうにかかったことがある方でも、ワクチンを接種することにより免疫力を再度増幅することができ、帯状疱疹が発症しにくくなります。
米国では、高齢者に対して水疱瘡のワクチンを接種することにより、良い予防結果が得られていますが、日本ではそのためにワクチン接種される方は今のところ稀です。
水疱瘡に罹患している子供に接触すると、水疱瘡ウイルスにさらされることになりますので、体内で水疱瘡に対する免疫力は増強されます。
したがって、いつも不特定多数の子供と接触するような方、たとえば、保母さんなどは帯状疱疹にかかりにくいといえます。
次回は帯状疱疹の症状と経過、治療、特に帯状疱疹後神経痛について詳しくご説明する予定です。
2009.09.18 帯状疱疹(ヘルペス)その2
前回に引き続き、ヘルペスについてご説明いたします。
帯状疱疹は前回ご説明致しましたように、子供のころに罹った水疱瘡のウイルスが神経根に潜んでいて、何らかの理由で帯状疱疹ウイルスに対する免疫力が低下した場合に痛みを伴う水ぶくれ、皮疹ができる病気です。
人によって、できる部位は胸、腹部、顔、足とさまざまですが、神経根の支配領域に沿って出るため、解剖学的な理由で身体の半分側だけにしかでることはありません。
ウイルスが免疫力低下に伴い活性化すると、まず身体に一部に、ピリピリするような痛みを感じることがあります。
この時期は2~3日間で、まだ赤くなるとか、水ぶくれがでるなどの皮膚の症状は出ていませんが、神経根の支配領域の神経の損傷が始まっている時期です。
その後皮膚が赤くなり、水ぶくれを生じてきます。赤くなるだけで水ぶくれまで進まない方もいますし、このころになって初めて痛みを感じるかたもあります。
放っておくとその後、水ぶくれは破れて、最悪の場合ケロイド状になっていきます。
最近は抗ウイルス薬のいい薬ができていますので、点滴、内服薬などによって、皮膚の症状の悪化は防止できるようになりました。
問題は、痛みです。帯状疱疹に罹った人の5~6%に、皮膚の症状は治まったのに、いつまでも痛みが残る帯状疱疹後神経痛へ移行する場合があります。
帯状疱疹後神経痛になると、長い人では5年以上痛みで苦しむ場合があり、なおかつ、通常の痛み止めの薬では効果がないという悲惨な状況で苦しまなくてはなりません。
この痛みは、神経原性疼痛といって、たとえるなら、腕を切断したときに、もうすでにない親指が痛いと言うような現象に似ています。
治療は、なかなか困難な場合が多く、通常の痛みに使われるような薬剤では効果をあげることが難しい場合が多いようです。
ペインクリニック領域ではこのような痛みに対して、他の病気に用いられている薬剤を用いて治療します。
よく用いられる薬剤をあげてみますと、うつ病の治療に使われる抗うつ薬、痙攣に用いられる、抗けいれん薬、心臓の不整脈に用いられる抗不整脈薬、下行性の疼痛抑制作用を増強する薬剤、漢方薬などを組み合わせて内服治療を行い、スーパーライザーなどの光線療法、神経ブロックも併用して治療を行いますが、残念ながら、100%痛みを消失させることはなかなか困難な場合があります。
2009.10.19 帯状疱疹(ヘルペス)その3 ―慢性頭痛との関連―
帯状疱疹の話は、前回で終わるつもりでしたが、最近ある研究会に出席し、帯状疱疹に関連する講演を聴きましたので、今回も帯状疱疹の話として、追加しておきたいと思います。
東京女子医大の頭痛外来をされている、清水俊彦先生という脳外科の先生の講演でお聞きした内容なのですが、群発頭痛、片頭痛、顔面神経麻痺、メニエール氏病(めまい、耳鳴り、)難聴、顔面ケイレンなどの病気の一部に帯状疱疹が関与している可能性が高いというお話でした。
顔面神経麻痺と難聴、外耳の水泡を伴うラムゼイ・ハント症候群という病気は帯状疱疹が関与していることは以前からわかっていました。
帯状疱疹は、感覚神経しか侵すことは無いとされており、ラムゼイ・ハント症候群で、顔面の筋肉を動かす顔面神経という運動神経が傷害されるのは、顔面神経と併走する聴神経(感覚神経)が帯状疱疹に侵され影響をうけるからだとされてきました。
清水先生のお話では、顔面神経のみの障害でも帯状疱疹の関与が疑われるとのことで、出席していた先生方も少なからず驚いておられました。
さらに、群発頭痛、片頭痛でも三叉神経への帯状疱疹の活性化が疑われる症例が4~5割あるとおっしゃられていました。
根拠としては血液検査で帯状疱疹の抗体価が高い患者さんが多いとのことで、やや根拠として弱い印象がありますが、関与を疑わせる論拠としては十分で、今後さらに研究が進んではっきりと帯状疱疹ウイルスの活性化によるものであると断定されたならば、頭痛の治療が大転換する可能性があります。
ちょうど、胃潰瘍の原因としてヘリコバクター・ピロリ菌が大きく関与していると判った時以来の快挙といえるかもしれないとの感想を持ちました。
実際、清水先生は、群発頭痛、片頭痛患者さんにヘルペスウイルスを直接叩く、抗ウイルス薬を用いて好成績を挙げられつつあるようで、今後の推移に注目しています。抗ウイルス薬の投与のタイミングとしては、発症初期、あるいは、帯状疱疹ウイルスが再活性化し始めたころに、1週間ほど内服させ、一ヵ月後血液検査を行い、帯状疱疹のウイルスの抗体価を測定し、必要であればまた1週間投与するというパルス療法が効果的らしいです。
通院で比較的簡便にできる方法であり、大きな副作用も無いので、それが有効であるという、医学的な確証が得られたなら、慢性頭痛に悩む方への朗報であろうと考えます。
2009.11.19 神経ブロックの実際
今回は神経ブロックの実際についてご説明いたします。
神経ブロックは手術のための麻酔から派生して、そのノウハウを用いる事でペインクリニックにて施行されるようになりました。
したがって、手術の際の麻酔法と対比してご説明いたします。
つまり手術の際に行われる〇〇麻酔だとすると、ペインクリニックで同じような手技が〇〇ブロックと呼ばれるという具合です。
まず、全身麻酔についてですが、さすがにペインクリニックでは全身麻酔そのもので治療することはありません。
全身麻酔についてはまだ作用機序が良くわかっていない部分もありますが、中枢神経である脳に、直接作用します。
痛みが取れるだけではなく、手術による刺激で血圧が上がったり脈拍があがったりするような交感神経の興奮も押さえ込みます。
もちろん意識もなくなりますし、呼吸もしなくなりますので、人工呼吸が必要となります。余談ですが、手術中の全身管理の技術から、集中治療室での状態の悪い患者さんの管理を行うようになりました。
次に、脳に近いという意味で脊髄に作用させる麻酔として、脊髄麻酔があります、腰椎麻酔とも言われます。脳と脊髄はくも膜、硬膜という膜に覆われて、脳脊髄液の中に浮いているような状態になっていますが、そこに直接薬液を注入して、麻酔をします。
同様の神経ブロックとして、長期間効果がある神経破壊薬を注入するくも膜下ブロックがありますが、痛みだけでなく感覚もなくなりますので、末期がんなどの疼痛にのみ施行されます。
次に中枢神経に近い麻酔として硬膜外麻酔があります、これは脳脊髄を包んでいる硬膜の外側に薬液を注入する方法で、ペインクリニックで行う場合は硬膜外ブロックと呼ばれます。
脳脊髄液に直接注入するよりもマイルドな効果をあらわします。
硬膜からでてまだたくさん枝分かれする前の太目の神経束に行う麻酔を伝達麻酔といいますが、これはペインクリニックで頻用されます。部位によりそれぞれ名前がついており、数十種類のブロックがあります。
直接、神経束に針を刺すと神経損傷を起こす危険がありますので、目的の神経束の周辺に注入することにより十分な効果を得ることができます。
中枢神経から最も遠位の部位での麻酔として、浸潤麻酔がありますが、皆さんが経験なさったことがある歯の治療の際の麻酔などがこれにあたります。
ペインクリニック領域では、トリガーポイントブロックなどになります。
2009.12.18 ぎっくり腰
ぎっくり腰とよく言いますが、実際は俗語で医学的用語ではありません。
急激に発症した腰痛の総称をぎっくり腰と呼ぶようですが、原因はさまざまで、腰および骨盤の周辺の骨同士(椎骨、仙骨、腸骨など)の関節の捻挫、腰周辺の筋肉束、腱、靱帯の断裂、損傷などが原因となる場合が通常ですが、椎間板ヘルニア、脊椎分離症、化膿性脊椎炎、脊椎圧迫骨折、癌の腰椎転移など重大な病気の場合もあります。
今回は急性の腰痛のうち、いわゆるぎっくり腰と呼ばれる、重大な病気が原因ではないものについてのべますが、腰をひねったり、重い荷物を中腰で持ち上げようとしたりして、急に強い痛みが腰にきて、立ったり座ったり、歩いたりなどの日常生活で行う動作ができなくなったり、症状がひどい人は、横向きで寝たまま、寝返りもできないという方もおられます。
足のしびれ感、筋力低下などの神経症状を伴わないのが通常で、そうでない場合はヘルニアなど他の原因を考える必要があります。
安静にしていれば、通常1~2週間で疼痛は改善し、日常生活にも支障が無いようになります。
逆に言うと1週間以上強い痛みが続く場合は他に原因があると考えていいでしょう。痛みは最初のころほどではないが痛みが持続するというような場合は筋緊張が続いて痛みの悪循環を形成している場合があり、やはり痛みはきちんと治療を行い、発症して4~5日は最低限の安静を保つ必要があるでしょう。
ただし、痛みが強くならない程度の運動、腰痛体操などは必要で、痛いからといって動かさないで長期間安静にするのは逆効果になる場合があることを知っておいてください。
数ヶ月から数年おきにぎっくり腰を再発するという方もいます、ご本人は「くせになった。」とおしゃいますが、仕事の関係で無理な姿勢での作業をなさるかたに多いような印象をもっております。
ただし、再発を繰り返すのがどういうことなのかは医学的にははっきりしていません。
予防としては、長時間の自動車の運転など、同じ姿勢を長く続けない、適度に休憩して腰を伸ばす。
腰に負担のかかる作業を繰り返さない、適度に運動する、腰を冷やさないなどの注意が必要です。
ぎっくり腰になってしまった場合、痛みが激しい場合は早めに硬膜外ブロックなどの神経ブロックを早めに行ったほうが、体も楽になりますし、長引くのを防ぐことにもなります。
2010.01.20 骨粗しょう症に伴う疼痛(その1)
骨粗しょう症に伴う疼痛は主に骨が弱くなることによる骨折が主な原因です。
大腿骨頚部骨折など四肢の骨折は手術にて痛みの改善が期待できますが、背骨の圧迫骨折などによる腰背部痛は、手術が困難で、高度の椎体の変形、偽関節など痛みが慢性化しやすい状態となることが少なくありません。
高齢者の急な腰背部痛の9割は骨粗しょう症にともなう脊椎の椎体骨折であると言われていますし、高齢者の寝たきりの原因の第1位は脳卒中ですが、第2位は骨粗しょう症による骨折が原因ですので、高齢者の方、また高齢者が家族においでの方は、もう少し骨粗しょう症についての認識を改める必要があると思います。
骨粗しょう症についてご説明する前に、骨そのものについて考えてみます。
成人の骨の数は206個で、体重の5分の1が骨の重さになります。骨の役割は、体を支えて運動ができるようにする、人体の重要な臓器を保護する、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルの貯蔵、放出を行う、骨髄で赤血球などの血液成分を作るなど多彩な役割があります。
骨も新陳代謝を繰り返しており、大体3~4年ですべて入れ替わる計算になりますが、メカニズムとしては、古い骨を壊し、一方では新しい骨を作るというサイクルを繰り返しています。つまり破骨細胞が、古い骨を溶かし、骨芽細胞が骨を新たに作るというしくみで、骨は新陳代謝を繰り返しています。このバランスが崩れて新たに骨を作るのが足りなく、なった状態が骨粗しょう症であるといえます。
骨粗しょう症の予防法としては、カルシウムの収支でいうと、収入つまり、摂取量を増やす必要があります。
乳製品はカルシウム、蛋白と理想的ですが、高齢者の方はあまり摂取する習慣がない方が多いようですので、納豆、豆腐などの大豆製品の摂取を増やす、魚製品は、いわしの丸干し、しらす干しなど骨も一緒に食べるようなものが良いかと思います。
ただ残念なことに高齢になるにしたがって、腸でのカルシウムの吸収が悪くなるといわれていますので、吸収を助け、骨の新生にもいいビタミンDの摂取も必要とされるでしょう。
適度な運動は、骨に刺激を与え、体が、もっと骨を強くしなくちゃと感知して造骨を促進しますが、無理な運動にはくれぐれもご注意ください。
次回は、骨粗しょう症の薬物治療、骨粗しょう症に伴う疼痛の治療について述べる予定です。
2010.02.18 骨粗しょう症に伴う疼痛(その2)
骨粗しょう症に伴う疼痛について、前回は主に、一般的な注意についてでしたが、今回は医療機関で行う検査、治療、について述べてまいります。
骨粗しょう症の検査は、レントゲンを用いる方法(DXA法、MD法、腰椎のレントゲン撮影)超音波で測定する方法などがあり、骨粗しょう症の程度を判定します。
血液検査、尿検査などで骨代謝マーカーを測定して、骨吸収の程度を測定することも良く行われます。
骨粗しょう症の程度の評価を行い、治療が必要であると判断される場合、治療としては主に、内服薬による治療が行われることになります。
代表的なものとして、活性型ビタミンD3があります、カルシウムの吸収を助け、骨形成を促進します。ビタミンD3を内服することにより、骨密度の増加は認められてはいますが、大腿骨頚部骨折などのリスクを軽減できるという医学的な実証はされてはいません。
ビタミンKも骨形成を促進する効果があり骨粗しょう症に対して用いられることもあります。
ビスフォネート製剤は、医学的に骨折予防効果が実証されている骨粗しょう症の薬剤で、広く処方されていますが、朝起きてすぐおおめの水で飲まなくてはならない、飲んでから30分は横になってはいけない、食事も30分待つ必要があるなど内服しにくい薬物です。
ただ、週1回飲めばよい製剤ができてから患者さんの負担が少なくなったようです。また、歯科の治療で抜歯などを行う場合、下顎壊死などの合併症を起こす可能性があるため、内服を中止する必要があります。
エストロゲン(女性ホルモン)はカルシトニンを介して骨吸収を抑制するため、更年期障害などの症状がある場合同時に骨粗しょう症の治療もあわせて行うことができますがやや副作用等があり一般的ではありません。
ラロキシフェンはエストロゲンの作用を骨だけ作用するようにした製剤ですが、血液凝固についてはエストロゲンと同じく血栓形成などに注意が必要とされています。
カルシトニン製剤は内服薬がなく、注射薬のみですが、骨粗しょう症に伴う脊椎の圧迫骨折が起きている場合、疼痛を和らげる効果が強く、圧迫骨折などの場合、手術ができないことが多いので、疼痛の緩和によく使用されます。
ただし骨形成の効果は弱いため、やはりビスフォネート製剤などを併用する必要があります。
2010.03.20 腹痛(その1)
今回は腹痛についてです。ペインクリニックで治療されることは少ないですが、痛みの話としては外すことができないかなと考えましたので腹痛を取り上げてみました。
痛みについてのシリーズなので、例によって、その成因とか伝達神経のことなどちょっとややこしい話が先になりますが、後半は急いで処置をしないと命にかかわる腹痛などについてご説明しようと思っています。
おなかの痛みは、内臓痛、体性痛、関連痛に大別されます。
もちろん明確に区別することが難しい場合が多いですが、痛みを伝えるメカニズムの差異にて分類されています。
内臓痛というのは、主に無髄のC繊維によって伝達される痛みで、内臓そのものが侵害された、あるいは腸管などが引っ張られたり、蠕動が強かったり、消化物で腸管壁が強く広げられたりするときの痛みと考えていいでしょう。
痛みの性質としては、鈍痛であり、痛みが強くなったり弱まったり周期的で間欠的な場合が多いといえます。
部位も漠然と上腹部であったり、下腹部であったりの違いはあっても神経支配が両側性であるため、多くの場合左右対称な痛みです。
また、体を動かしたり、姿勢を変えたりすることで痛みの変化がくることは少ないといえます。
治療の主体は内科的な治療が行われる場合が多いと思われていいでしょう。
体性痛は、主として有髄のAδ(デルタ)繊維が痛みの伝導を行うといわれています。
有髄神経は無髄神経の100倍以上の伝達速度を持ち、刺すような鋭い痛みを伝えます。生物学的には有髄神経だけで構成したほうが有利な気がしますが、いわばアナログ的な無髄神経をも併用して生物が進化してきたことは興味深いと思います。
話がそれましたが、腹痛としての体性痛は、腹膜、腸間膜、横隔膜等に炎症、刺激が及んだときに体性痛として伝達されます。
痛みの性質は、鋭く、持続的で、部位も限局されてきます。
また体を動かしたりすると痛みは増強し、押されたりすると痛みが増強するため、押されても奥に響かないように腹筋が緊張し板のように硬くなる場合もあります。
またおなかを押さえて急に離すときに振動で痛みが増強したりします。
治療は多くの場合、おなかを開けて処置をしなければならない場合が多く、緊急手術となることも少なくありません。
2010.04.20 腹痛(その2)
今回は、腹痛の話の続きになります。前回も述べました通り、ペインクリニック領域ではあまり治療をすることはありませんが、痛みとしては比較的良く見られるものですので、解説させていただきます。
上腹部痛、つまり、みぞおち辺りの痛みで一般的なのは胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの胃・十二指腸が原因となるものが挙げられます。
原因はそれぞれさまざまですが、胃の炎症であるという点では同じです。違いは深さで、胃壁の層のなかの粘膜筋板という層を越えたら胃潰瘍で、それより浅いと胃炎と呼ばれます。
つまり胃壁の傷といいますか、ただれが深いと胃潰瘍と呼ばれます、粘膜筋板を超えると修復されても胃壁に引きつれがしばらく残り、バリウムなどを飲んだときにその引きつれの後がレントゲンに写ったり、胃カメラなどでも胃潰瘍の跡として判別できたりします。
胃潰瘍というとヘリコバクター・ピロリ菌が有名で、その細菌が産生するアンモニアが胃粘膜を障害し胃潰瘍を起こす(十二指腸潰瘍の場合菌の陽性率が特に高く、また胃がんへの関与も考えられています)ことが判り、発見者の3人は医学生理学部門でノーベル賞を受賞していますが、痛みの話ですのでこれくらいにしておきます。
膵炎でもやはりみぞおち辺りの痛みがあり、胃の裏にある臓器ですので背中への放散痛が出やすいといわれております。患者さんは「膵臓姿勢」と呼ばれる前かがみで座る姿勢をとることが多いらしいです。
ただし、おなかの痛い方は大体そういう姿勢をとりがちですのであまり当てにはなりませんが、医学生のときにそう教わりました。
急性膵炎の痛みは三大疼痛のひとつに挙げられるほど激烈な痛みがある場合があり、病態によっては命のやりとりになる場合も少なくないので大酒のみの方は注意が必要です。
胆のう炎 胆石症などの痛みは基本的には右上腹部に主として痛みがありますが、内臓痛であるため神経の走行からいってみぞおち辺りへの痛みを訴える場合もありますし、右肩への放散痛がある場合もあります。
消化器の疾患以外で上腹部への痛みがあるものとして、狭心症、心筋梗塞があります。
心臓は位置としては下端がみぞおちぎりぎりくらいまで来ており、心臓の神経支配から言うと求心路は星状神経節と下心臓神経になり上の方から下顎、首の痛みから、左肩、左胸部、みぞおち辺りまで広範囲に痛みを感じることがあっても解剖学的には説明可能です。
腹痛の解説をするつもりでしたが、上腹部の痛みの説明だけで紙面が尽きてきました。
ペインクリニックとは多少分野が違いますし、このへんで終わります。
2010.05.21 四肢の痛み(その1)
今回から何回かに分けて、日常生活を送る上で支障をきたすことの多い、手足に痛みをきたす疾患についてご説明します。
まずは上肢(手、腕、肩)の痛みからですが、指先から順番にご説明をしていきます。整形外科で取り扱われることが多い疾患です。
それぞれの疾患を説明する前に、全体を通して一般的なことをご説明します。
もちろん例外は多く、ある程度こういう傾向があるといえるくらいですが、基本的な考え方としては重要です。
まず、痛みだけで、腫れ、赤みなどはないが、動きが制限される、特定の運動負荷で痛むなどの症状の場合、筋・腱が痛みの原因と考えられます。
腱鞘炎、靭帯損傷などです。痛みだけでなく、関節の変形、小さなこぶ(結節)があるなどの場合、骨、軟骨、関節などが関与していると考えられます。変形性関節症、関節リウマチなどを考えます。
痛みと共に、赤みが強い、腫れが強い、などの場合、細菌感染つまり、ばい菌が入ったなどの強い炎症性の疾患を考えなくてはなりません。痛みと、ジンジンするようなしびれ感、筋力低下、筋肉が萎縮してくる、などの症状がある場合、神経の周りの組織が神経を圧迫して起きる痛みを考えます。
頚椎症、手根管狭窄、胸郭出口症候群などです。
これらの見方は、疾患の鑑別としては重要ですが、これだけで決め付けることは危険ですのであくまで目安程度にお考えください。
さて、それぞれの疾患ですが、まず、手指の第一関節(指の関節で一番指先の方)の変形性の疾患として、ヘバーデン結節と呼ばれる病気があります。
指の第一関節に小さな結節(こぶ)ができ、症状が強い場合、手のひら側あるいは側方に曲がって伸びなくなったりします。原因ははっきりしていませんが、比較的頻度は多く、中高年の女性に多いとされています。
初期には軽い第一関節の熱感、痛みが主ですが、炎症が強くなれば強い痛みを生じ日常生活に不便を感じます。
ほとんどの方は痛みが無く経過し、いつ結節ができたのかすら判らないという方が多いようです。
レントゲン所見では、関節が狭くなっていたり、骨棘形成などが見られます。治療法は特効的なものは無く、関節に負担がかからない様にする、痛み止めを飲む、消炎鎮痛剤の塗り薬を使う程度ですが、3~4ヶ月で痛みが収まる方が多いようです。
症状が強い場合、テープ固定など、装具をつけて関節の安静を図ったり、まれに手術を行う場合もあります。
2010.06.21 四肢の痛み(その2)
上肢の痛みから順番にご説明いたしておりますが、前回指先から1番目の関節の痛みまででしたので、今回は指先から2番目の関節の痛みからご説明いたします。
指関節の指先から数えて2番目の関節をPIP関節と呼びますが(親指はまた別の呼び方です。)その関節の痛みで重要なのは、関節リウマチです。
関節リウマチは膠原病のひとつで、自己免疫疾患ですので、関節のみでなく、腎臓、心臓、肺、神経などの障害をきたす場合もあ
り、関節以外の内臓の症状が強い場合、悪性関節リウマチと呼ばれたりいたします。
男性の約3倍の頻度で女性に多く、100~150人に一人くらいの頻度で発症します。35歳~50歳が初発年齢として多いようです、15歳以下で発症する若年性関節リウマチもありますが、別の病気だと考えられています。
主として、全身の関節に炎症を起こしますが、初発は指の第2関節の場合が多いようです。もちろん手関節をはじめとして全身的な関節に起こりえますが、左右対称に起こることが多いとされています。
症状としては、「朝のこわばり」と呼ばれる指のこわばりが朝1時間以上継続する、3ヶ所以上の関節が痛み腫れを伴う、などの症状があれば病院で検査をしたほうが良いと考えてください。
病院ではレントゲン検査、血液検査が行われますが、血液検査でリウマチ因子が陽性となる方は関節リウマチの方で80%、健康な方でも数%の方が陽性となります。
早期の場合は抗CCP抗体検査がより有用ではないかといわれています。
治療は主に薬物療法です。近年、新しい薬の開発により、以前のように、関節が破壊され変形拘縮が高度となる方は少なくなってきましたが、重大な副作用もありますので、やはり専門のリウマチ科での治療が望ましいでしょう。
重症の場合関節の滑膜切除などの手術適応となる場合もあるようですし、変形が高度の場合人口関節などの手術も行われます。
指の第2関節の痛みを伴う疾患として、変形性のものでは、ブシャ―ル結節と呼ばれる疾患があります、比較的慢性的に進行し、前回述べました、ヘバーデン結節と合併することも少なくありません。指を使う頻度が高い仕事の方などは発症しやすいといえるでしょう。
治療としては保存的治療が主となります。つまり痛みがある場合は関節に負担をかけすぎない、消炎鎮痛剤、外用薬、温熱療法などを中心とした治療を行うこととなります。
2010.07.20 四肢の痛み(その3)
手の痛みの3回目ですが、今回は手根管症候群という病気のご説明をいたします。
手根管症候群の原因について述べますが、親指以外の指を曲げる筋肉は主に前腕にあり、腱となってそれぞれの指につながっていますが、それが手首の所で集まって束になり、手の付け根の手のひら側のところにある6個の手根骨が形づくる手根管というトンネルの様な所を通っています。
その手根管のトンネルの中を正中神経という神経の束が一緒に通っており、いろいろな原因でトンネルが狭くなって正中神経が圧迫されて起こるのが手根幹症候群です。診断は比較的容易で、この病気のことをご存知であれば、医療関係者でなくても症状だけで判断できるかもしれません。
症状としては親指、人差し指、中指の手指の手のひら側のしびれ(知覚低下、筋力低下)、と痛みが特徴的で、小指と薬指、および手の甲側はなんともありません。
夜間、明け方などに痺れが強くなる方が多いようで、草むしりとか、編み物、つり革につかまる、重いものを長時間手でさげて持つ、長時間のパソコン業務、など、指を使いすぎたときにひどくなりますし、指を使いすぎる方はかかりやすい病気だといえるでしょう。
進行すると親指の手のひら側の筋肉が萎縮したり、指に力が入りにくくなって、ボタンをいれたりはずしたりが難しくなったり、親指を使って物をつまんだりする動作が難しくなったりします。
手根管は男性よりも女性のほうが解剖学的に狭いため女性に多く、男性の5~6倍程度の発症率です。
特に妊娠出産の時期、更年期に多いとされ、女性ホルモンのアンバランスによるはれなどが原因と考えられています。
他にも、腎不全、特に透析を受けられている方、糖尿病、甲状腺機能低下症の方なども起こりやすいようです。
治療は、指がオーバーワークにならないように気をつける、手首を曲げると症状が出やすいため手首が曲がらないようなサポーターなどの装具をつける安静療法、腱を包んでいる鞘の中にステロイドを注射して炎症をおさえ、腫れを引かせて、正中神経の圧迫を間接的に軽減させる方法、鎮痛剤、ビタミン剤を飲むなどの内服療法などがありますが、筋力低下、知覚低下が高度の場合、手根管開放術という手術が必要となってきます。内視鏡を用いた手術と、手首のところを小切開して行う方法とあります。
2010.08.20 四肢の痛み(その4)
今回は肘の痛みについてのお話です。
肘関節は前腕の尺骨、撓骨と上腕の上腕骨とで関節を形作っていますが、その周りに輪状靱帯があり、また指、手首を動かす腱が付着していますし、当然血管、神経も通っており、痛みの原因としては多彩です。
肘の部分の骨折もいくつかの種類があり、転んだときかばって手をついて骨折したりなどが多いようですが、今回は骨折については省略いたします。
まず、肘内障についてですが、お子さんをお持ちの方はご存知の方がいるかもしれません。2~3歳のお子さんで、急に手を強く引っ張ったりしたときに発症する脱臼で、強い痛みで、突然激しく泣き出し、腕をまったく動かさず、だらんと下げたままとなります。
骨折と違い、腫れ上がったり、内出血を起こしたりすることはありません。一応、レントゲンで骨折がないことを確認する必要がありますが、比較的簡単に徒手整復が出来、その場で手が挙がるようになり、すぐに泣きやんで元気に遊びだします。学生のとき初めて見ましたが、整復に何秒もかからず、まるで先生が魔法を使ったような感じで、あっという間に子供が泣き止み、びっくりしたことを今でもよく覚えています。今も、いろんな痛みに悩んでいる方を治療していて、あんなに簡単に痛みを取る事ができたらなあと、時折考えることがあります。
5歳以上のお子さんではあまり起きなくなります。靭帯が強くなるのと、撓骨頭が大きくなり脱臼しにくくなるからです。
上腕骨外側上顆炎は肘の外側の部分の痛みをきたす疾患で、手首をそらしたり、物を強く握り締めたり、買い物袋などを下げたりすることで痛みが増強いたします。
これは、手首をそらす筋肉の腱、指を曲げる筋肉の腱が肘の外側にくっついているためその部分に炎症を起こしやすいからです。
よくテニス肘とよばれますが、必ずしもテニスプレイヤーだけがなるわけではなく、家事、仕事などで、このような動きをすることが多い方はなりやすいと言えます。
治療は負荷をかけないように安静に保つ、サポーターをつける、レーザーなどの理学療法、消炎鎮痛剤内服、押さえて強く痛い所への鎮痛剤、ステロイド注射を行うなどがありますが、痛みが治まるまでやや時間がかかる方が多いようです。
上腕骨内側上顆炎は肘の内側の痛みで、逆に手首を手のひら側に曲げると痛みが増強します。
野球肘とも呼ばれますが、治療法は上腕骨外側上顆炎とほぼ同じです。
2010.09.18 四肢の痛み(その5)
今回は肩関節の痛みについて、お話をいたします。
肩の痛みというと、普通、肩こりなどが連想されると思います。
日本語での肩は辞書によると「人の腕が胴体に接続する部分の上部、および、そこから首の付け根にかけての部分」という定義ですので、肩こりが起こるような部位は確かに「肩」でよいのですが、ややこしいことに、医学的にはそのあたりは「頚部」とされているのが一般的です。
僧帽筋、肩甲挙筋、菱形筋などの頚椎から肩甲骨、肩に分布する筋肉は頚部の筋肉として分類してありますし、「あご」より下で鎖骨より上、両端は鎖骨の腕側の先端部分までは医学的には「頚」と呼ばれています。
したがって、肩こりなどのお話は次に予定していますが、今回は肩関節周囲のお話に限定させていただきます。
では肩関節とは何かということになりますが、骨でいいますと、上腕骨上端、肩甲骨、鎖骨の3つの骨で構成されており、股関節と共に、人体で最も可動域の広い関節です。可動域が大きいということは、脱臼しやすいということでもあり、肩関節の脱臼は脱臼のうちの半分以上を占めます。
股関節は分厚い筋肉で覆われており、筋腱群も太く強いので脱臼は比較的少ないといえます。ただし新生児では、筋肉も関節も未熟で、先天性の股関節脱臼はそんなにまれではありません。
肩関節を細かく分けると肩甲上腕関節、肩峰下関節、肩鎖関節、広い意味では肩甲胸郭関節も含んで肩関節と呼ばれます。
上腕骨の上端の一番深いところ、つまり一番上腕骨に近いところに肩甲下筋、棘上筋、棘下筋、小円筋と4つの筋肉から出る腱が一緒になった部分を腱板と呼びますが、その部分の損傷、炎症を腱板炎と言います。
原因は加齢に伴い変性をきたしている状況で、転倒して手をつくなどによる外力で断裂、炎症をおこすことが多いと言われています。
腱板の石灰化によって起こる腱板炎もあります。症状としては腕を上方に挙上していく途中で痛みが出るが、誰かに持ち上げてもらうと痛みがなく挙上できると言う症状がそれです。あとでお話しますが、五十肩(肩関節周囲炎)などでは誰かが持ち上げようとしても痛がって上がらないという方がほとんどです。
治療は手術が必要な場合もありますが、肩関節、肩峰下関節にある滑液包へのステロイド注入、ヒアルロンサン注入、理学療法などで比較的改善しやすいといえます。紙面も尽きてきましたので次回に続きます。
2010.11.19 四肢の痛み(その7)
前回まで手、腕、肩の上肢の痛みについてでしたが、今回から下肢の痛みについてのお話となります。
まず足先の指の痛みで有名な痛風についてご説明します。
痛風による関節炎は70%以上が足の親指の付け根の関節に起こります。
また足首、上肢では手首、肘などに起こる事もあります。
また患者さんの99%近くが男性で女性は稀です。発症してから1日以内に痛みはピークに達し、名前のとおり風が吹いても痛いという激烈な痛みで、骨折の痛みよりも激しいといわれています。
ほとんどが一ヶ所の関節だけで、患部は赤く腫れあがることが多いようです。痛みは、ほっておくと、1~2週間持続すると言われておりますが、だんだん発作が起こる間隔が短くなり、持続する期間も長くなるといわれています。
原因は尿酸で、尿酸値が高い状態が続くと、温度が低い関節の部分で尿酸とナトリウムが結合し、尿酸塩の結晶が析出しそれが関節内に遊離した場合に、関節炎を引き起こします。
最初に痛風発作が起こった場合、尿酸値が高くなって5~10年以上は経過していると考えていいでしょう。
痛風発作が起きているときは血中の尿酸値はむしろ低いことが多く、発作が起こっている時期に、尿酸値を下げる薬を開始すると悪化することすらあります。
したがって痛風発作がおさまってから尿酸を下げる薬を開始し、発作が起こっている時期には痛風発作を抑えるコルヒチンという薬剤や、消炎鎮痛剤などで乗り切り、その後、尿酸値を下げる薬を服用するというのが一般的です。
一度痛風の痛みを味わった人は、またこの痛みを味わいたくないという気持ちが働くのか、尿酸値を下げる薬はサボらずに飲み続ける方が多いようです。
日本では明治時代には痛風患者はほとんどいませんでしたが、近年、食の欧米化に伴い急増し、しかも若年化傾向が顕著です。検診で尿酸値が高いと言われている方は要注意です。
尿酸値が高い方は、コレステロールなどが高い高脂血症、血糖が高い耐糖能異常の合併率が高いといわれています、つまり、いわゆるメタボの方は尿酸値も高い方が多いということになります。
また尿酸値が高いままほっておくと腎臓の機能が低下したりいたしますので注意が必要です。
尿酸はプリン体を多く含む食物を摂取するとあがりやすいといわれていますので、そういう食材をさけると尿酸は上がりにくいと言えますが、厳密にプリン体を取らないようにするのには無理がありますので、肥満にならないように、運動をする、食事の総量を減らすということが重要となります。
2010.12.18 四肢の痛み(その8)
今回は膝の痛みについて、特に中高年に多い変形性膝関節症についてのお話です。
膝の痛みとしては、各種の靭帯の損傷、半月版の損傷などスポーツに伴う膝の損傷がありますが、中高年の方の膝の痛みは圧倒的に変形性膝関節症が多いといえます。
原因としては、まず、膝の軟骨が、年齢とともに変性をきたし、体重の増加や過重な負荷が原因で、軟骨の損傷を起こし、軟骨本来の働きである、関節を滑らかに動くようにする働きや、緩衝剤つまりクッションとしての働きが弱まってくることにより、膝関節の滑膜に炎症がおこり痛みが出てきます。
炎症が強い時は、関節液が貯留し、いわゆる「水がたまった」状態となったりします。序々に進行することが多く、レントゲンなどの所見などから、前期、初期、進行期、末期とに分けられています。
前期のころから痛みはありますが、限局的ですぐに治まることが、多いようです。進行するにつれ、階段の上り下りなどで痛みが強くなったり、関節の動きが悪くなって正座ができない、膝がまっすぐに伸びないなどの症状が出て、関節液の貯留もしばしば起こるようになります。
治療は、保存的治療、運動療法、手術療法などがあります。
初期の場合、保存的治療、運動療法が選択されます。病期を進行させないことが重要で、まず、膝にかかる負担を小さくするために体重を落とすことが重要です。次に、適度な運動を行い、大腿の筋力、特にハムストリングと呼ばれる大腿後面の大腿二頭筋、半膜様筋などの筋力をつけることにより、膝の負担を軽くするようにします。
具体的には、足首に巻きつけるタイプの「重り」をつけ、いすに座って足を前後に持ち上げる運動をしたり、「重り」をつけたまま歩いたりするような運動を行います。
痛みを感じるような運動は悪化させる可能性があり禁物です。歩く場合も、靴底のクッションがよく効いた運動靴が望ましく、舗装したところを歩くより、土の上や、芝生の上など膝に衝撃を与えにくい場所で歩くことも重要です。自転車での運動は筋力増強にも、膝に与える衝撃の少なさからもお勧めの運動といえます。
軟骨はすり減る一方だと考えられがちです、もちろん中高年の方では再生が若い方のようには行きませんが、軟骨の破壊が高度でない場合、適度な運動刺激で再生されますし、骨そのものも強くなります。
何度も言うようですが痛みを感じるような運動は禁物で、過度の運動は注意が必要です。紙面が尽きてきましたので続きは次回に回させていただきます。
2011.02.17 四肢の痛み(その10)
前回は脱線しすぎまして、余計なことばかり書いてしまいましたので、今回は真面目にまいります。
変形性膝関節症に対する、病院での治療についてですが、保存的治療と、手術による治療に分けられると思います。
まず、手術療法ですが、内視鏡(関節鏡)を用いた手術は、膝関節内に、関節ねずみと呼ばれる遊離物が存在したりするような場合に行われることが多いですが、半月板損傷など変形性膝関節症でない場合にも多用されます。
高位脛骨の骨切術は膝の下側の骨を切り、くさび状に切除する、あるいは持ち上げて固定したりして、O脚を矯正して軽いX脚にする手術です。膝関節そのものにメスを入れるわけではなく、若年の方に行われることが多いようです。
膝関節人工関節置換術は、膝関節の上下の関節をチタン、セラミック、プラスチックで出来た人工の関節に置き換える手術です。
人工関節の耐用年数がありますので、元気で歩く残りの寿命が30年以上あると考えられるような若い方には無理でしょう。
手術をなさる整形外科の先生が、手術の時期や適応は、症状、画像所見、年齢、リスクなどを総合的に判断なさいますので、もし手術を勧められたら、そういう時期なのだとお考えいただき、手術をするのかどうかご自分でお決めになればいいと考えます。
次に保存的治療ですが、日常生活については、膝の負担がかからないようにすることが重要で、体重を落とす、膝の痛みが出るような長時間歩行、階段昇降を避けるなどがあります。
運動は必要で、前々回に申し上げましたとおり、大腿の筋力をつけことなどにより、膝の動揺が少なくなり、痛みも軽減します。私は運動が非常に重要だと考えておりまして、適切な運動、ストレッチでかなり膝の負担を小さく出来ると考えています。
装具としては靴底の敷物で膝関節の内側への負担を減らす、補強金具がはいったサポーターをつけるなどが行われています。
理学療法としては、マイクロ波、スーパーライザーなどによる温熱療法、干渉波などによるマッサージ、筋力の強化、低周波鍼などを行います。
薬物療法として、消炎鎮痛剤が挙げられますが、長期間の服用は、胃潰瘍、腎機能低下などの点から注意が必要です。
関節内への高分子ヒアルロン酸注入は関節の保護作用、抗炎症作用などによる効果が期待できます。
2011.03.17 四肢の痛み(その11)
股関節の痛み
股関節は太ももの付け根の関節のことですが、大腿骨の上端は大腿骨頭と呼ばれ、軟骨に覆われた半球状となっており、骨盤の寛骨臼と呼ばれる臼状のくぼみに骨頭がはまり込んでいる構造となっています。
前後左右に動く関節としての可動性と、上半身の荷重を支える安定性を両立させている関節であり、四足歩行から二足歩行へ移行した人類にとっては、やはり損傷を受けやすい関節であると言えるかと考えます。乳児のころの股関節の病気としては、先天性股関節脱臼が挙げられます。
先天性といいながら、生まれた後の股関節の姿勢が関係する場合もあり正確には先天性とは呼べないかもしれません。
乳児検診で発見されることが多いようですが、以前より罹患率は減少してきているようです。
装具、ギブスなどで固定する保存療法が取られることが多いようです。
小児期の股関節の疾患として、ペルテス病、大腿骨頭すべり症などがあります。
ペルテス病というのは大腿骨頭への血流障害によって起こります。
大腿骨頭が成長期に血流の問題が生じて起こるわけですが、原因はいろいろ考えられており、まだ確定的ではありません。
活発に動く男児に多いことなどより、繰り返し大腿骨頭への損傷が血流の問題のひとつではないかと考えられています。
早期の発見が後遺症を残さないためには重要で、4~7歳の腕白な男の子が、びっこを引く、片足を痛がるなどの場合は、専門の整形外科に早くご相談なさることをお勧めします。
大腿骨頭すべり症は、大腿骨頭の成長軟骨のところが離開してずれる疾患です。
日本人にはまれな疾患でしたが、肥満体型の子供が増えてこの病気も増加しているようです。
大人に見られる股関節の疾患として、変形性股関節症、大腿骨頭壊死、大腿骨頚部骨折などがあります。変形性股関節症は子供のときに先天性股関節脱臼があった方は発症しやすいとされています。
加齢に伴う骨頭の編成でも起こり、重症の場合人工関節置換術が行われます。
大腿骨頭壊死はステロイド内服中のかた、大酒家に多いとされており、大腿骨頭への血流が阻害されて骨頭が壊死を起こします。
最初のころは痛みはさほどでもなくても、骨頭の変形が強くなると痛みも強くなります。大腿骨頚部骨折は、骨粗鬆症がある高齢の女性がしりもちをついたなどで起こす骨折で、強い痛みで歩けなくなります。
人工骨頭などの手術療法が主です。
股関節の疾患では、残念ながら、ペインクリニックが活躍することはあまりありません。
2011.04.18 湿布
今回は湿布(シップ)について述べていきます。
湿布は筋肉、腱、関節などの痛みに対して比較的よく使用されており、貼ったことがないという人のほうが珍しいくらいと思います。
私の子供のころには、風邪を引いて咳が出ると、「しょうが」とか「だいだい」の皮のエキスとかを混ぜたどろどろのものをさらしに塗って胸に貼られていやだった思い出がありますし、やけどには「アロエ」のエキスを湿布されたものです。
意外と効果があったような記憶があります。
さて、現在では温湿布と冷湿布とありますが、現在の温湿布は成分に唐辛子から抽出したカプサイシンなどが混入してあり、その効果で血管が拡張し、ぽかぽかするような感じがしますが、実際は皮膚温の上昇で言うと1~2℃程度でして、ホットパックや温水で絞ったタオルなど、あらかじめ温めておいた物をあてるのとは、基本的な違いがあります。
使い分けは急性期の痛みには、冷湿布で慢性期の痛みには温湿布ということになるかと思いますが、実際に暖めるわけではないので厳密に区別をする必要はないと考えます。
ただ温湿布のほうが、刺激が強いせいか、赤くなって、かゆくなったりする、いわゆる「まける」方が多いようです。
冷湿布もメンソールなどが入っていて貼るとひんやりしますが、感覚的なものだけで、実際には冷却効果は期待できません。
パップ剤とプラスター剤がありますが、パップ剤は布にやや湿潤した薬剤が塗ってあり、1日に2回張り替えます。
白色をしているものがほとんどです。プラスター剤は布に薬剤を染込ませてあり、1日1回張ります。ベージュ色をしていてやや粘着力が強いものが多いようです。
いずれもインドメタシン、ケトプロフェン、フェルビナク、ロキソプロフェンなどの消炎鎮痛剤が皮膚から吸収されて効果を現します。
副作用としては、かぶれなどがあります。粘着性の強いプラスター剤はかぶれやすいようです。
密着性が高いのと、はがすときに皮膚表面を損傷しさらにその上に貼るということを繰り返すためまけやすいようです。また、貼付した部分は、日光過敏症となりやすいので、直射日光にあてるのは避けてください。
有効成分が吸収されることに伴う副作用もあります、消炎鎮痛剤ですので胃の調子が悪くなる、喘息の人では発作を誘発するなどが考えられます。
貼り薬で吸収されるのは、通常量の内服と比較すると、血中濃度の上昇は十分の一から二十分の一以下のようですので、内服と比べると頻度は低いでしょう。
2011.05.20 筋肉痛
子供の運動会で久しぶりに走ったりした、あるいは、日曜大工などでいつも使わない筋肉を使ったなどというとき、翌日あるいは翌々日に筋肉痛がくることはみなさんよく経験されることだと思います。
医学的には「遅発性筋肉痛」と呼ばれておりますが、原因はまだ十分解明されていないというのが実情です。
もっとも、実際はいくら痛みが強くても1週間以内には消失してしまいますし、病院で治療するようなことはまずありません。
いざ痛くなってからでは、消炎鎮痛剤は効果が出にくい、1~2日経過してから痛みがでるなどまだまだ医学的にはミステリアスな事象だといえるでしょう。
よく、若いときの筋肉痛は、運動した翌日に出るが、年をとってくると、もっと遅れて翌々日になるなどと言われますが、医学的には年齢と痛みがでる時間は関係ないとされています。
あえて言うなら、年をとると若いときのようにあまり無茶苦茶な激しい運動はしなくなるので、筋肉の損傷が軽く、痛みも、遅く出るということのようです。
痛みの原因として以前は筋肉内への乳酸の蓄積にともなう痛みであるという説がありましたが現在は否定的です。
筋肉の損傷があることはクレアチニンホスホキナーゼ(CPK)という酵素の上昇があることから間違いはないと言えます。(ちなみに心筋梗塞などで心臓の筋肉である心筋が損傷されてもCPKは上昇します。)しかし筋肉そのものには知覚神経はなく痛みは感じません、痛みを感じるのは筋肉を覆っている筋膜です。
また炎症に伴う疼痛に、サイクロオキシゲナーゼ(COX)、ブラディキニン(BK)神経成長因子(NGF)が関与していることも間違いないようです。
しかしCOXの阻害薬である消炎鎮痛剤が運動前の投与ではある程度、効果があるのに、痛くなってからの投与では効果が出にくいのはなぜなのかは不明です。
NGFというのは注目すべき物質で、脳内では神経細胞の隙間を埋めているアストログリア細胞で合成される蛋白であることが判っており、現在5~6種類のNGFが特定されています。
神経細胞の成長を促すことなどから、アルツハイマー型の認知症の治療に注目されていますし、人間が恋をすると血中濃度が上昇するなどの研究もあります。
また炎症性のサイトカインとして、キズの治癒を早めるなどの作用もあり、アメリカでは、変形性膝関節症の痛みを2~3ヶ月抑える薬としてNGFのモノクローナル抗体が臨床試験に入っているようです。
2011.06.17 こむら返り
「こむら返り」というのは、ふくらはぎの筋肉が強い収縮を起こしたままになってしまうことをさします。「足がつった」と表現されるのが「こむら返り」です。筋肉の痙攣に近い状態で、攣縮と呼ばれます。
「こむら」というのは、漢字で書くと、「腓」という字でして、ふくらはぎをさす言葉です。
医学的には、ふくらはぎの筋肉はおもに大腿三頭筋と呼ばれる筋群で、腓腹筋内側頭、腓腹筋外側頭、ひらめ筋の三つからなります。腓腹筋の「腓」がふくらはぎをさす言葉だとお分かりになると思います。
筋肉の攣縮は頚部、上肢など、ふくらはぎ以外のいたるところで起こりますが、ふくらはぎで起こることが多いせいか、ふくらはぎ以外の筋肉の攣縮も「こむら返り」と一般的に呼ばれることが多くなってきているようです。
原因とそのメカニズムは、はっきり解明されているわけではありませんが、若い方では、ウォーミングアップを行わず、激しい運動を急に行った後、冷たい水の中での水泳、激しい運動で大量の発汗で水分の喪失があるのに補給をしなかったなどの場合起こしやすいといえます。
ご高齢の方では、運動不足などが主な原因と考えられていますが、夜間、仰向けで寝ているとき、つま先が足の裏の方向に伸びた状態だと、腓腹筋が収縮した状態が継続し、「こむら返り」を起こしやすくなります。
ひどい方では就寝中、毎晩のように、「こむら返り」を起こす方もいます。
病気が原因の「こむら返り」もあります。糖尿病、腎不全(特に人工透析中の方)脊椎疾患、動脈硬化、甲状腺疾患、肝硬変などの病気では頑固なこむら返りを起こしやすい事が知られています。
病気ではないですが妊婦さんも起こしやすいといわれています。
メカニズムとして推測されているのは、筋肉に神経の刺激が加わり、電解質(塩分)の筋肉細胞への流入が起こり筋肉が収縮するわけですが、その協調がうまくいかない状態が、神経、筋に起こっていると考えられます。
発汗などに伴う電解質の異常、水などの冷却、血流障害に伴う神経、筋の機能障害、などです。
対処法としては、収縮した筋肉を伸展させることで、痛みも治まり、足も動くようになります。
ふくらはぎであれば、つま先を膝の方向に伸ばせばよいわけです。
ご高齢の方で、夜間頻繁に症状が出る方は、内服治療が必要です。
漢方薬の芍薬甘草湯が効果的な方が多いですが、プレタールなどの末梢循環改善のためのお薬とか、ビタミン剤、マグネシウム製剤、カリウム製剤などにて症状の緩和を図ります。
2011.09.17 慢性疼痛と漢方治療(その3)
漢方による治療の考え方の基本は、生体は気血水および五臓の働きにより恒常性が維持されており、それを乱す因子によって歪みをうけて病を生じ、その歪みを改善させることにより、病気を平癒させるという考えです。
なんのことかさっぱり解らないと思われるでしょう。
解説している私も、漢方の考え方を充分な理解をしているとも思っていませんし、多少理解しているつもりの漢方の考え方を100%信じているわけでもありません。
そもそも五臓(肝 心 脾 肺 腎)の働きの概念が西洋医学とは大きく異なっています。
私が漢方の本を読むときは、たとえば肝臓の働きは西洋医学で言う肝臓の機能そのものではなく、漢方医学で肝臓の担っていると考えられている機能としてとらえ、肝臓そのものとではない何か違うものという概念で捉えて考えています。
つまり五臓の機能に対する漢方の考え方は誤ってはいるが、生体の機能として必ずしも臓器そのものに一致しなくても良いのではないかと考えているわけです。
そうでもしないと、漢方の本を読んでいてばかばかしくなりますし、真面目に読む気がそがれて、漢方に対する理解が進まないからです。
その程度理解だからいかんのだと、漢方治療を主体に行っている先生方からは非難されると思いますが、それはそれで仕方ないと思っています。
漢方薬の処方は、こういう症状にはこういう薬をというわけではなく、血気水および五臓と証(虚実、陰陽、寒熱、表裏)を組み合わせて患者さんに合う薬を処方するといった具合です。漢方に対する私の実力では、どんぴしゃと合う場合は少なく、試行錯誤のことが多いのはやむを得ません。
また必ずしも証に関係なく、症状をみてこの漢方をということも少なくありません。ペインクリニック領域で漢方を処方するのは、前にも書きましたが、特に高齢者での消炎鎮痛剤の長期処方に伴う合併症が考えられること、慢性疼痛では比較的安心して長期の処方が出来るものが多い、消炎鎮痛剤よりも効果を現すことが多い、主症状だけでなくほかの症状も改善する場合がある、などの理由ですが、私のような、ちょっと漢方薬を軽く見ていた医師でも、いわゆる西洋薬で改善しない方が漢方薬で予想以上の効果がでるの何度か経験すると漢方薬を見直す気持ちが強くなります。
2011.10.21 インフルエンザ(その1)
今年も10月から、インフルエンザの予防接種が開始されました。
例年、ワクチンはA型が2種類、B型が1種類の3種の株が入っていますが、今年は、A型の1つが2009年に世間を騒がせた、いわゆる新型インフルエンザH1N1のワクチンで、もう1つのA型は今年流行するであろうと予想されるH3N2の株です。H1N1はもうすでに新型インフルエンザとは呼ばれず、厚労省は季節型インフルエンザと同等の扱いとし、名称も「インフルエンザ(H1N1)2009」とすると発表しています。新型インフルエンザ(豚インフルエンザなどと当初呼ばれていました)が海外で、流行し出したときは大騒ぎとなり、飛行機などでの帰国者に対する水際作戦を大仰にくりひろげていましたが、結局、日本国内への流行は防止できなかったのは皆様がご存知の通りです。
H1N1はもともと大正8~9年頃(関東大震災の2~3年前)流行ったスペイン風邪と同じサブタイプで、医療技術があまり発達していなかった当時、世界では5000万人ほどが死亡し、日本でも40万人以上が死亡した、感染症としても歴史的にも有名なインフルエンザです。
ただし、現在の医療技術ではさほど怖がる必要のない弱毒型で、タミフルなどの抗インフルエンザ薬が効くと判っていて、なぜあれほど神経質に水際防御作戦を行うのか、また、作戦そのものの有効性についても疑問に思う医師が多かったと思います。
実際、日本での新型インフルエンザでの死亡率は10万人に一人くらいと、世界でも類がないほど死亡率が低かったことが判っています。
これは、インフルエンザ発症者に早期にしかも高率に抗インフルエンザが投与されたことが効奏したとい言われています。
また、10歳台の発症者が非常に多く、40歳以上のかたの発症率は低く、60歳以上の方はさらに少なかったことから、H1N1タイプは比較的近い過去に流行していたことが判ります。
新型インフルエンザに対しては、ふたを開けてみたら、その結果には拍子抜けされた方が多いと思います。
しかし、流行は時間の問題だといわれている鳥インフルエンザではこうはいきません。今はまだ、鳥⇒鳥、鳥⇒人(少ない)の感染しか見つかっていませんが、人⇒人への感染を起こすような変異をしたら、2009年の新型インフルエンザの例を引くまでもなく、世界中に広がるのに何ヶ月もかかりませんし、鳥インフルエンザは高病原性といいますか、強毒型で、H5N1でも死亡率は3割以上、H5N3にいたっては6割あるいは8割に近い死亡率が予想されていますので、大流行した場合社会生活は壊滅的な打撃を受け、SF映画のようなことが現実になると考えなくてはなりません。
次回はインフルエンザの予防、治療の実際についてご説明いたします。
2011.11.17 インフルエンザ(その2)
前回は鳥インフルエンザ(H5N1ないしH5N3)が人から人に感染するように変異した場合の恐ろしさについて、昨年、一昨年の新型インフルエンザとの違いについて、ご説明いたしました。
皆様もこの季節、渡り鳥などが死んでいるのを見つけても、触ったりしないように、くれぐれもお気をつけください。
今回は、通常の季節性インフルエンザについて一般的な注意などについてご説明いたします。
まず、通常の風邪(感冒)とインフルエンザ(流行性感冒 略して、流感)との違いですが、通常の風邪症状を示すウイルスは200~300種類ほどあります。流感はA型、B型、C型(まれ)の3型でおのおの亜型がありますが種類は3種類だけです。
症状の違いは、感冒ではのどが痛かったり、鼻水が出たりなどの上気道炎症状が先立つのに対して、流感では突然38度~40度の発熱と関節痛、筋肉痛などがあり寒気、頭痛などに引き続き、しばらくしてから鼻水、咳などの上気道炎症状が出現します。
高熱もほっておくと4日~7日継続します。
合併症もウイルス性脳炎、肺炎など重篤な合併症を引き起こすことがあります。
特に小さいお子さんに市販の解熱剤などを飲ませると薬剤によっては、インフルエンザ脳症になりやすいと言われていますので注意が必要です。
流感の診断キットが出来てからインフルエンザの診断は容易になりました。
ただし、気をつけなければならないのは発症して24時間以上経過していないと、ウイルスがまだ増殖していなくて、抗原としてのウイルス量が少ないので、インフルエンザに罹患していても陰性となる場合があります。
また、抗インフルエンザ薬は発症してから48時間以内に使用開始しないと効果が出にくいので、診断と服薬のタイミングがむずかしいといえます。
抗インフルエンザ薬も現在は種類が増え、タミフル(1日2錠内服 5日間)リレンザ(1日2回吸入 5日間)イナビル(1日2回吸入 1日)ラピアクタ(点滴 1回)とレパートリーが増えてきています。もう1つシンメトレルというお薬もありますが処方される先生は少ないです。
インフルエンザの予防法として家庭で出来ることは、手洗い、うがい、加湿、加温、マスク、栄養、休養、あまり人の多いところに行かないなどがあると思います。手洗いは、かなり有効と考えられており、まめに手を洗うことは重要でしょう。
マスクはウイルスそのものをブロックできず、マスクをすることで吸う空気がやや加温加湿されると考えられる程度ですので、咳をしている人がまわりにばら撒きにくくするためのものと考えておいたほうがいいかもしれません。
寒い季節に向かい、皆様もお体にお気をつけください。
2011.12.17 マイコプラズマ感染症
前回、前々回とインフルエンザの話でした。
今回もペインクリニックの話とは外れますが、最近流行しており、天皇陛下がご発病なさられてマスコミでもよく取り上げられている、マイコプラズマ感染症のお話をいたします。
マイコプラズマは以前は3~4年に一度オリンピックの年に流行し、オリンピック熱とかオリンピック病などと呼ばれていましたが、最近はそういう傾向はなくなり毎年患者さんが出ています。
マイコプラズマが呼吸器系に感染を起こすと、咽頭炎、気管支炎、肺炎などを起こしますが、通常の風邪症状との違いはほとんどなく、「どうも風邪からの咳が長引くなあ」といった感じで病院を受診して検査でマイコプラズマであると診断される場合が多いようです。
マイコプラズマ肺炎になると高熱が出る方が多いようですが、比較的元気で、他の細菌性肺炎と違い、入院しての治療が必要なかたは少なく、外来治療ですむことが多いので、walking pneumonia(歩く肺炎)と呼ばれることもあります。胸部レントゲン写真ではスリガラスのように真っ白な激しい肺炎像がみられても症状はさほどでもないことが多く、聴診器での聴診でもほとんど「ラ音」と呼ばれる雑音は聞くことができず、学生のときはそのギャップに驚かされました。
細菌性肺炎では肺胞と呼ばれる肺の空気が出入りするごく小さな風船状の外側に炎症を起こすのに対して、マイコプラズマ肺炎では間質と呼ばれる肺の中の部分の炎症が主であるためにこういうギャップを生じます。
マイコプラズマ気管支炎では、咳が長引くことが多いですが、気管支喘息を起こす方も少なくありません。
一度罹患しても、免疫は長続きしないのが特徴で、何年かするとまた感染するようになり繰り返し感染する場合が少なくありません。
そのためかワクチンなどの予防接種もなく、手洗い励行などで、予防するしかありません。
マイコプラズマ属で肺炎や気管支炎を起こすのはマイコプラズマ ニューモニアと呼ばれる病原菌で、ウイルスと細菌の中間くらいに位置するとよく言われます。
細菌に特有の細胞膜がなく、細胞膜の合成を阻害することによって効果を現すペニシリン系やセフェム系の抗生物質は無効ですので、マクロライド系やニューキロノン系の抗生物質を服用します。
診断は、通常の細菌性の感染症と違い白血球の増加、CRPと呼ばれる炎症反応などが上昇しにくいため、血液を採取して、マイコプラズマの抗体を検査します。
簡易キットができてからは20分以内で測定できるようになりました。
2012.01.20 嘔吐下痢症
ンフルエンザ マイコプラズマの解説をしてまいりましたが、今回も風邪症状をきたす疾患として、嘔吐下痢症をご解説いたします。
冬期下痢症、ウイルス性胃腸炎、感染性胃腸炎、感冒性胃腸炎などと呼び名はさまざまですが、一般的には嘔吐下痢症と呼ばれる場合が一番多いように感じています。冬期下痢症というのは夏場に多い食中毒など、細菌性の下痢、嘔吐と区別された呼び名かと思います。
ウイルス性胃腸炎という呼び名が原因と症状を医学的には一番正確に表していると思いますが一般の方にウイルス性胃腸炎と言ってもあまりぴんと来ない方も多いでしょう。
そのウイルスですが、嘔吐や下痢など消化器症状を引き起こすウイルスはノロウイルスやロタウイルスなど比較的有名なものだけでなく、コクサッキーウイルス、コロナウイルス、腸管アデノウイルス、カリシウイルスなどなど何種類もあります。
ノロウイルスは集団発生した場合など、保健所などでウイルスの特定を行う場合がありますが、通常医療機関でノロウイルスの検査を行うことはほとんどありません、保険適応でないことと、ノロウイルスだと判明してもウイルスそのものを叩く薬はありませんし、治療法は対症療法を行うだけで変わるわけではないからです。
ロタウイルスは大便の迅速簡易キットがあり小児科などで使われています、ロタウイルスの場合長期化(5~6日)したり、小児の場合重症化する場合もあるので検査の意義があるといえるでしょう。
嘔吐下痢で高齢者や乳幼児で重症化することがあるのは、脱水症状が主な原因です。水分を摂らせてもすぐに嘔吐するような状態が長く続くと脱水症状が出て点滴で水分、塩分などを補充する必要があります。
若くて元気な方でも吐き気が強くてお薬が飲めない場合は脱水となりつらい思いをしますので、注射などで吐き気を抑えお薬を飲めるようにすることは必要となります。
予防としては、手洗いをまめに行うことが重要です。家族に患者さんが出た場合、汚物はビニール袋に密閉する、すぐ流せるようトイレで排便、嘔吐をしてもらうなどでしょうか。
衣服などに汚物がついた場合はすぐに水洗いをして一度塩素系殺菌剤につけてから洗濯機にいれるようにしたほうがいいでしょう。
ロタウイルスはワクチンがあり乳幼児に有効性が認められていると同時に、ある程度の割合の乳幼児にワクチンを接種することで、その地域の発症率そのものも押さえられることが知られています。
ただし日本では公的補助がなく15000円以上の費用がかかりますのでなかなか難しい状況です。
2012.02.18 痛風
今回は壮年男性に多いといわれている痛風についてご説明いたします。
痛風の原因は高尿酸血症にあることは現在では周知のことですが、尿酸が原因であることが確定的になったのは、1960年にホランダーらにより尿酸結晶が急性関節炎を引き起こされることが示されてからです。
奇しくも日本では戦後の高度経済成長期で痛風患者さんが急増した時期にあたります。
もともと日本には痛風患者は非常に少なく、安土桃山時代の宣教師は日本には痛風がないと母国に報告していますし、明治時代、ドイツの医学者のベルツは日本人の痛風患者は稀であるとしています。
ちなみにベルツは日本に30年近く滞在し、医学教育に功績があったとして明治政府に叙勲されています。アジア人の新生児の蒙古班の報告でも有名ですし、保養地としての草津温泉のすばらしさを、世に広めたのもベルツです。
話がそれましたが、もともと日本人は米、雑穀を主食とし、一汁一菜の粗食で生きてきた民族なので、戦後の食の欧米化、高カロリーの食生活に耐性がなく、高尿酸血症、糖尿病、高コレステロール血症が急増したと考えられます。
尿酸は食物中のプリン体ができるものですので、理論的にはプリン体を除いた食事を取ればいいわけですが、実際上ほとんどの食品がプリン体を含んでいるため現実的ではありません。
摂取する食物の総量を減らすことで、プリン体の摂取量を減らすのが実際的であるとされています。
アルコールは、特にビールなどプリン体そのものが多く含まれることと、アルコールを体内で分解する際に尿酸が生成され、同時に生成される乳酸が尿酸を体内に蓄積する作用があり尿酸値を上げますので、高尿酸血症のかたは飲酒は適度にとどめる必要があります。
宴会で痛飲して翌日、痛風発作で病院受診という方が少なくありません。
痛風発作が起きているときは尿酸を下げる薬を飲むのは得策ではなく、さらに悪化させる可能性があるため、コルヒチンと呼ばれる痛風発作を抑える薬剤と、痛み止めを飲んで痛風発作の時期を乗り越えてから、改めて尿酸値を下げる薬を内服します。尿酸値を下げる薬は尿酸そのものの生成を抑える薬と、尿酸の排泄を促進する薬とがあります。
お茶など利尿作用のあるものを飲んで尿中の尿酸の排泄を多くするのも効果がありますが、高血圧の治療で用いられる利尿剤は尿酸値を上げる作用がありますので注意が必要です。
2012.03.19 在宅医療について
当院では、在宅支援診療所として、在宅医療に力を入れておりますが、何故在宅医療を麻酔科が行っているのか疑問に思う方もおいでだと思いますのでご説明いたします。
麻酔科としての病院での仕事は、手術室での麻酔業務、集中治療室(ICU)での業務、ペインクリニックの業務とおおむね3つの業務を行っております。
在宅では、病院内と違って、いろんな制約はあるものの、ICUでの重症患者の全身管理のノウハウ、在宅での痛みをもつ患者さん(癌の疼痛など)の痛みの緩和のためのペインクリニックのノウハウなどが活用できるためです。
在宅医療を行っている先生方のなかで麻酔科出身の先生方は全国的に見ても比較的多いと感じております。
人が最後を迎える場所の推移にですが、戦後すぐから昭和30年くらいまでは、自宅で亡くなる方が80%を占めており、病院で亡くなる方は10%前後でしたが、徐々に病院で亡くなる方が増加し始め昭和50年頃に半分の方が病院で亡くなるようになり、その後も病院で亡くなる方が増加し、平成になってからは病院で亡くなる方が80%とピークに達しました。
つまり病院で亡くなる方がほとんどとなり、病院で最後を迎えるのが当たり前のこととして捉えられるようになりました。
転機となるのは平成13年に当時の小泉首相がキャッチフレーズとしてとなえた、「骨太の方針」「聖域なき構造改革」による医療制度改革で、「90日ルール」など、長期の入院患者を抱えると、医療機関は赤字となるようになってしまい、無理やり退院させられるようになりました。
それに従い在宅医療の必要性が高まったといえるでしょう。
医療制度の変化だけでなく、家庭事情さえ許せば自宅で人生の最後を迎えたいと思っている方が多いのは事実で、ぎりぎりまで自宅で療養をなさる方が増加しつつあります。
ただし、認知症での問題行動などの精神症状での介護者の負担の増加、家庭環境の変化(核家族化、共働きなど)などで、在宅での療養が困難な家庭がほとんどであること、介護を行う家族の負担、疲労、経済的な影響があまりにも大きいことなどが問題を複雑にしています。
南大分マイタウンの編集部のご好意で永らく連載を続けてまいりましたが、今回で小休止をお願いしまして、ご了解いただきましたので、今回が最後となります。また再開することもあるかと思いますが、いままで長い間お付き合いくださいましてありがとうございました。